Secret Garden 3 昼間の合図どおりにことが進んでいれば、今夜仲間がこの場に来ると予期していた。圭太の登場でいっときは取り乱したものの、 秀は辛うじて正気を保ち続けていた。獣のように這い乱交されながらも、 場の空気になにか違うものが入り込んできたことに秀は気づいた。御簾の向こうに何者かが潜む気配がする。 (ゆ…ゆぅ…) 胸のうちで呟きかけた刹那、だしぬけに重い殺気が部屋にみなぎり総毛立った。 背中ごしにズブリと分厚い肉を刺し貫く鈍い音がする。なかを犯していた男の動きがピタリと止まる。 永遠とも等しい断末魔の数秒のあと、再び刀の抜き出される音。入ったままびくびくと主が痙攣した。 (!?八丁………) ずるりと体から魔羅が抜けると同時に、四つん這いの秀の傍らに下肢を剥きだしにした主の体が、半回転して仰向けに倒れ込む。 そのときひゅん、とどこか空気をほんの小さな羽音が飛んだ。 ハッとして秀は顔を上げ喉の奥まで突っ込まれていた圭太のものを抜き出そうとした。 圭太の手が秀の髪を掴んで離さない。 「ンンっっ…ンっっ」 頭をふり懸命にもがいた瞬間、ふいに髪を掴む指が離れ、塞がっていた口が自由になった。 いきなり上下の口を埋めていたものの圧迫から解放され、秀は勢いで前に 崩れ落ちる。すかさず顔を上げれば、圭太の体が首のほうから引きずられようとするところが目に飛び込んできた。 「・・・・・まっ!待てっっ!ゆうじっゆうじっ…やめろっっ!!」 唾液にむせながら、秀は掠れた声を上げ必死で勇次を制していた。 ハッとしたものの一度はその声を無視しかけた勇次だが、まばたきほどの逡巡ののち強く引き上げかけていた手の力を抜いた。 巻き付いた糸に喉を絞められ、一時的に白目を剥きかけていた若者が、すんででどさりと床に倒れ込む。 「秀っ」 糸をピンと抜き取ると倒れた体を乗り越えて、勇次は秀を抱き起こした。縄目の跡も生々しいが、縛られてはいなかった。 「おい!しっかりしろ秀」 腕に抱きかかえた秀の頬に手を当て、軽く叩いて小声で呼びかける。 「秀…おい…」 やっと目を開けた秀は、小さくそれだけを口にした。 「?なんだって」 「…、けぃ…た…?」 どろんと横に流れた秀の目線を追って、秀が例の若者のことを言っているのだとようやく勇次も気が付く。 「安心しろ、殺っちゃいねぇ」 「……」 秀の濡れた口元が薄く笑ったように見えた。 まるで思い残すことはないと言いたげな腕のなかの秀の表情に、 この期に及んで笑ってる場合かと、安堵と同時に勇次の腹にも怒りが湧いた。 「おい、あのガキはどうした?」 勇次の声を代弁するかのように、低く押し殺した声で問いながら八丁堀がすばやく入ってくる。 「勇次、てめぇまさか仕損じたのか?」 まだ死んだように動かないが、かすかに息のある圭太に気づいたらしい。 「ち、…違う、俺が……止めた」 早くも脇差を抜いてその背にとどめを刺そうと近づきかける背中を、秀の掠れ声が引き留める。 「なんだと?!」 「…あ…あいつはだめだ…」 「何言ってやがる」 しかし秀は何度も首を横に振った。腹に力が入らない様子で、それでもはっきりと口にした言葉は意外なものだった。 「頼む。八丁堀…。こいつは俺に巻き込まれた…ただのガキだ…」 八丁堀と勇次がちらと目を見交わす。自分を犯した相手を自分の手で屠りたいのかと二人とも同じことを考えていただけに、 秀の言葉には表情には出さないまでもどちらも面食らっていた。 「……。バカかおめぇは…!もういい、しゃべるんじゃねぇ。とにかくここを出る。急げよ。勇次、このバカ頼む」 苛立った声で吐き捨てるなり、八丁堀は鯉口に指を当てたまま姿を消した。先に行って退路の安全を確保するということだ。 勇次は両手を布団の上につき重たげに上体を支えている秀に視線を落とす。自分が言いたいことは、いま八丁堀が言った通りだ。 あの若者にとどめをさしてやりたいのはやまやまだったが、秀を連れてここを早急に去ることだけを考える。 すべての口は封じてあるからいましばらくの猶予があるにせよ、少しずつ闇は薄くなって来ていた。 「おぶって行くか、秀」 低く呼びかける。ちらと上向いた秀の乱れた髪から黒目がちの瞳が覗き、勇次の目をじっと捉えた。 物言いたげに潤んだその艶めかしさに、こんなときにも関わらず 勇次の首のうしろをぞくりと官能が奔る。 「…へっ…おめぇに背負われて逃げるほど、弱っちゃいねぇ」 立ち上りかけた秀が、一度ウっと口を抑えてうずくまる。布団のうえに吐く姿から勇次は目を逸らしていた。 屏風にかけてあった秀の下男の着物一式を取って背後から投げかけると、御簾のそばに移動して着替えが済むまで外の様子に 意識を凝らした。 あの夜下男頭と見張りの男二人、 控えの間にいた神官がそれぞれの持ち場で死んでおり、 主の神主が卑猥な奥の間で魔羅を丸出しした状態で、心臓を一突きされ息の根を止められていた。 その脇でひとりだけ息のあった若者が裸で呆然とへたり込んでいた。清浄な神殿で起きた殺人のみならず光景の淫猥さに 仰天した寺社奉行の取り調べにも、まるで要領を得ない。 ただお館様に呼ばれ色々といやらしいことをされ、途中意識を失くして気が付いてみれば、主が殺されていたという。 そればかりを抜け殻のような表情で繰り返し、あとは分からない知らないと大きな図体してみっともなく泣くばかりだった。 血の海に倒れた主のさまを目の当たりにしたのが、よほど胸に堪えたとみられた。もしくは 奥の間の様子から明らかになった主の淫らな嗜好の犠牲者よと、役人の哀れをもよおしたのかは分からないが、 圭太はほどなく取り調べの枠から外されてうちに帰されたようだ。 「だいぶ非道ぇ目に遭わされて、いわゆるココロを病んじまったってことらしいな。しばらく小石川の療養所の世話になるそうだ」 そうと聞かされた秀が絶句し立ちすくむ。八丁堀とは河原で落ち合っていた。 ことの顛末を知るにはこの男からの情報以外に得る手立てはない。 町奉行の平同心とて、管轄外の事件について詳しいところまで知りえるはずがなかった。しかし少なくとも、圭太が 帰されたことを聞かされ、秀は内心ホッとしていた。その表情を読んで八丁堀が付け加えたのだった。 「おめぇ、あのガキにどう始末つけるつもりか、考えてたか?考えてなかったろ」 秀は無言で顔を背けた。咄嗟に命を救い命乞いまでしたものの、そのあとのことは何も考えずにあの場を離れたのだ。 「ま、殺されかけた上に殺られた死体の横に寝てたんだから、それだけで充分怖え思いはしたろうが、これであいつも死なずに済んだ」 「療養所の世話になることが、そんなにましか?」 秀は能天気な独り言のように言う八丁堀を睨み、思わず語気を荒くした。 人の心など、そのうちまた治るものだと言わんばかりだ。 生きててもそんな風に心を病んだのであれば、むごすぎる。あのまま死なせていたほうが幸せだったのかもしれない。 八丁堀は胸元から出した右手で顎をさすりながら、にやにや笑っている。 「どうだか…。あいつはおめぇのために、しばらく病んだふりしてやがるんだとオレは思うがなぁ」 「!?……まさか」 「そのまさかよ。役人が引き出したあいつの話んなかじゃ、あの部屋には自分と主しかいなかったことになってる。 いままでも縛られたり蔵に閉じ込められたりしていたと泣きながら訴えたんだとさ」 「何……」 「だからな。心配しねぇでもあいつぁそう頭の悪ぃガキじゃねぇってこった。あいつ必死でおめぇを隠し通してくれてんだ。 …おめぇが口だかケツだかをかしてやった礼かも知れねぇがな」 八丁堀の穿った物言いはいまに始まったことではない。しかし妙にひとり合点したような口調に、ひょっとして圭太の様子を 見に療養所を覗いてきたのではないかと思った。 「……」 「あいつがてめぇで決めたことだ。これでよかったじゃねぇか」 秀がとっさの判断で勇次を止めたように、圭太も秀を逃がしたい一心で 自らの危険をかえりみない行動に出たというのだろうか。なぜ逃げないのかと尋ねた圭太の一途なまなざしを、秀は思い出していた。 「……俺は…なにが出来る?」 想像どおりのことを口にした秀をその場に残して、八丁堀が背を向けた。 「おめぇに出来ることは何も無ぇ。さっさと忘れろ。ガキのことも何もかも…。いいな…何もかもだ」 裏で行われてきた数々の所業を社中ぐるみで隠し通すことに加担した者は、すべて始末した。いまごろ震えあがっているのは三笠屋 と一蓮托生の大奥の女中たちだろう。調べが進めばじきにからくりは表ざたになる。 いや、自分たちにとってはそれが目的ではない。依頼の向きは、権力財力にあかせて好き放題の鬼どもの生贄として貪られ、 無残に命を散らしていった娘や少年たちの仇を討ち、その連鎖を止めることだった。 その意味では圭太もまた犠牲者のひとりである。心配要らねぇと八丁堀は言っていたが、実際に体験したことを圭太は 簡単に忘れられはしないだろう。やはり心にも体にも、深い傷を残してしまったという思いが秀のなかにある。 圭太に会うことは二度と出来はしない。遠くからただ無事を祈り詫び続ける他には…。 さらさらと音を立てて流れてゆく川面をぼんやりと見つめながら、長いあいだ途方にくれて立ち尽くしていた。 辛うじてつとめを果たし、安くない額の報酬を得た。 しかし金以上に、今回の仕事で失ったものの代償は大きすぎた。自分のような者が生きていることに何の意味があるのか…。 守られた命を捨てられないと分かってはいても。 「…勇……」 虚ろな胸裏にただひとつ浮かんだ言葉を、ふと、口に出しかけてやめる。この想いの行きつく先を考えるのが怖かった。 続
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