Secret Garden 2







「今宵はおもしろい趣向を考えてやったぞ」
「あんたのおかしい頭で思いつく趣向なんざ、どうせ妙なことに決まってら」
「ははは。そなたのその気の強さが儂は好きじゃ。ならばその意地張り通してみせよ」
 小さな鈴を手元で鳴らす。また誰かに嬲らせる気か、と秀は後ろ手に縛られたまま目を逸らしていた。
「…はい、お館様、これに」
 逸らした目がハッと見開かれる。弾かれたように秀は階のほうを振り向いた。
「苦しうない、入れ」
 しばしの躊躇する気配があって、のっそりと入り平服したのは圭太だった。
(……けい)
 圭太は何故自分がここに呼ばれたのか、わかっていないようだ。灯火の下で見るそばかすの浮いた顔は怪訝そうでどこか怯えていた。 無理もない。家に戻るはずが留め置かれ、ここに行くようにと言われたのだろうから。
「お、お館様…。オレ、何でここに…」
 顔を上げて主に問いかけたあと、背後にいる緊縛された秀の姿をも目に留める。サッと瞼を伏せ、主の言いつけを 待って項垂れる。そのさまを見ながら主が笑って扇で差し招いた。
「何でここに呼ばれた、と?これはしたり。そなたには一から教えねばならなかったな」
「?」
 不安そうにまばたきを繰り返す圭太のその表情を、もう秀は見ていられなかった。
「ま…待ってくれ。こいつだけはやめてくれ。なんでもする。他のやつなら何人でも呼んでくりゃいい」
 秀の言葉をあたかも待っていたかのように、主の紅を塗った目の縁がちらりとこちらを捉える。
「なぜだ、秀。そなたの可愛い弟分だと聞いておるぞ。遠慮せず楽しめばよかろう…さぁ、圭太よ、秀のところへ行け」
「……く…」
 秀は耐え切れず横を向いて歯を食い縛った。いまの自分の姿…。圭太は当惑したように主と、そして秀とを見比べていたが、 命じられたことを拒否出来るわけもない。やがてヌシリと絹の布団を踏む音がして、すぐ傍らに若い身体の放つ独特の体臭と 熱を感じた。
「ひ…秀さ…」
「圭太…。何があっても、おめぇのせいじゃねぇからな。うちに帰ることだけ考えてろ」
「ほう、弟の心を思いやるとは大した兄貴分だ。まだまだ余裕があるということだな。…なんなら目隠しをしてやろう。 くく、その方がそなたも気兼ねなく楽しめるかも知れぬ」
 主は圭太に、秀に目隠しをするようにと黒い布をとらせた。圭太の指先が恐ろしさに震えている。
「秀さん‥ごめんよ…ごめん」
「圭太、その者の淫らな姿をよく眺めてやれ」
 視界から圭太が消えたことで、その泣きそうな顔を見ずに済むと安堵したのは一瞬だった。ゴクリとすぐ近くで圭太の喉が鳴るのを 耳にする。複雑に体に食い込む黒い縄のとる形がただの拘束ではないことは圭太にもわかるはずだ。 性器まで晒して緊縛された肉体を、子犬のように懐いていた弟分に見られているのだ。 それだけでも辛いのに、主は無慈悲に次なる 命令を下した。
「その者はな…。こうされることが好きなのだ、圭太。こう見えて悦んでおるのだぞ」
「…っっ・・・・・・そんなはず無ぇ…っ!やめろぉ!」
「疑うならば触ってみよ、圭太。秀の体を優しく撫でてご覧…。そなたが慕っておる兄貴分だろう」
「…で、でも…」
「秀もそなたにならば気を許しておるようだ。どうせ触れられるならば、そなたのような者が相手すればなおよかろう」
 主の呪文のような囁きに操られるように、圭太が秀の肌に触れてきた。熱く汗ばんだ掌が、よく働くマメの浮いた掌が 戸惑いながらひたひたと腕や肩のあたりを押さえてゆく。
「もっとだ。両手でからだ全体を愛撫してやれ」
 一度は止まった圭太の手が、おずおずと少しずつ大胆に秀の体を撫でまわし始めた。
「・・・・・っ」
(…触るな…)
 縄を避けていた手が、少しずつその上にまで愛撫を加えてくる。ぎこちない動きがかえって妙な官能を刺激する。 身を捩れば捩るだけ縄目が食い込み、同時にざわざわとした感覚が 背骨を這い上がりつつあった。汗がしっとりと肌を潤し始める。
「はぁ…はぁ…」
 秀の体温が上がっているのを触りながら感じているのか、圭太の呼吸が荒くなってゆく。 ざらついた指先がふいに乳首を掠め、ぴくっと思わず秀は反応を返してしまった。そこは最初に目覚めさせられた性感帯だった。 感度を高めるために細い鍼灸針を何本も刺され責められた忌まわしい記憶が、昏い瞼の奥に閃く。 一度感じてしまえば、自分が自分でなくなるまで、ただ快感だけを追う獣にされてしまう。
(いゃだ…勇…助け……)
 心に思い描こうとして、秀はそれを打ち消し意識の外に追いやった。いまそれを考えたらいつか声に漏らしてしまう。
「そら、分かっただろう、圭太よ…。この者はそなたに愛撫されて感じているのだ」
 目ざとく反応に気づいた主が、圭太を焚き付けた。
「…っ・・・・・・。あ…、ほんとに…?秀さん…」
 確かめるように、圭太が何度もつんと固く芯を持ってしまったそこに触れてくる。そのたび秀のからだは小さく震えを奔らせた。
「やめ…」
「圭太、秀の魔羅はどうだ…立ち上がっていようが?」
「…く…」
 唇を切れそうなほどに喰いしめ、圭太の手の動きに堪える。勃ち上がりかけている、 自分と同じ欲望の証をそこに見つけて、今度はやや無遠慮に指を触れてくる。 どうやら主の誘導にのせられて、言うとおりにすれば秀を痛めつけずに済むと思っているようだ。
「いや…触るな、けぃ…圭太っ、頼む…っ・・・・から」
 熱い掌のなかで、快感に慣らされたからだはすぐに正直な反応を示し形を変えた。 状況の異常さに呑み込まれて息を荒くしている圭太の耳には、秀の懇願が届かない。
「圭太よ。秀を好くしてやれ。わからぬはずはないな…。そなたが自分を慰めるときと同じように…くく‥すればよいだけじゃ」
 くちゅくちゅと音を立てて、不器用に手が上下に動く。 体をぴたりと秀に寄せて、抱きかかえるように丁寧な愛撫を重ねてくる。 秀は目隠しの内側ですら固く目を閉じて短く息を吐きながら、なすすべなく喘がされるだけだ。 圭太が熱い息を頬に吹きかけるように、上ずった声で尋ねてくる。
「秀さ…兄ぃ…気持ちいい…?…兄ぃ」
「…ん…いっゃ…」
「圭太、秀の胸も弄ってやれ。さらに悦ぶぞ…」
「兄ぃ…」
 圭太が片手を背中から回して秀の乳首を探り当てた。もう片方の指の先を陽根の先端の割れ目に差し入れ、いやらしく擦り付けはじめる。 視界が閉ざされている分感じやすくなっている秀は、足の指先までも反らせて激しく身を捩らせた。
(…っ、だめ…だ…)
 我慢出来ず漏らした精の滴がその指を濡らしてしまうのを、好いと察して指の動きが激しくなる。 圭太も若い性を持て余すときがあるのだろう。自慰をするときに自分が気持ち良いと感じることを、素直に秀にも施してくる。 弱いところを同時に責められ、喉の奥でひくっひくっと悲鳴を飲み込み、閉じられない腿を震わせる。 懸命で執拗なそれが、秀にとって地獄の快感だった。
(そ…そんなに…されたら…)
 恥骨のあたりから熱い塊りが一気に膨らみはじめ、上に向けて圧してくる。こらえすぎてこめかみが痛くなり、 目隠しの内側で涙が滲んでいた。圭太の手でいかされてしまう… 意識が白く遠のきかけたとき、主の喜悦に満ちた一声に圭太は制された。
「そこまでじゃ、圭太。やめよ。いかせてはならぬ」
 圭太を一度控えさせ、はぁはぁと肩で息をつきながら、もどかしさに身を捩り歯の根の合わない秀の顎を扇子で持ち上げた。
「ずいぶん好い思いをさせて貰ったな、秀よ…。次は…そなたが圭太に奉仕してやる番じゃ」






 控えの間の神官を仕留めた勇次が、その先の奥の間に忍び込んだとき、淫靡で 不穏な熱の籠った猥雑な気配に、すぐさま中の様子をうかがうことを僅かに躊躇した。 御簾の下がった座敷に立て回した屏風の隙間から、灯火のもとに繰り広げられる光景を切れ長の目が一瞬捉え、見開かれた。
「!…………」
 物陰に身を寄せてそっと息をつき、ほんの僅か目を閉じる。秀は獣のように這い若い男の陽根を口に含まされたまま、 神主に背後から犯されていた。息を弾ませながら、なかで主が何事か若者に声をかけている。
「どうじゃ、圭太。秀の口のなかは…。気持ちよかろう」
 若者はあっあっ‥と切なく声を切らして腰を揺らし、自分の股間に伏せる秀の髪を片手でまさぐっていた。
「あ…ぁにぃ…、オレ…、オレ…また、、、」
「ン・・・・んん……っ」
 くぐもったやりとりを御簾越しに聞きながら、勇次の白い瞼が薄く開かれ、回廊を裏に回って行った男の影を 闇のなかに捉えていた。あの男もこの光景を見ている。 今夜の白刃の切れは日頃以上の凄絶さをみせるだろうと、勇次は思った。
 自分が先に動くはずでいたが、ものすさまじい殺気が放たれたのに気づき、勇次は寸の間踏みとどまった。刹那、 奥側の屏風の間から躊躇なく突き出された長刀が、ドスリと重い音と同時に、神主の胸を真直ぐ背後から刺し貫いていた。
「ヒッ・・・・・・・・」
 うっすらと赤い色をまとわせた白刃は、ただ一突きで長さの半分以上が胸の前に出ていた。カッと飛び出すほどに目と口を開き、 一度動きを止めた神主が、ふるふると細かに痙攣している。けくっ・・・喉の奥がかすかに鳴った。 しかしもはや、叫ぶことすら出来ない。まっすぐに突き通された胸の傷はまだじんわりと血痕をその白い夜着に滲ませているだけだ。
 刀がわずかに捻られ、ズッと白刃が一気に抜き取られた。芯をなくした神官のからだがぐらりとのめり、のしかかる秀の背から やや横に滑るように落ちかける。そのときを逃さず勇次は白足袋の軸足を前に踏み替えた。
 上体を折るようにして喘いでいた若者はそこでようやっと我に返ったとみえる。 何が起きたか分からないといった風に倒れ込む神官に、快楽に惚けたうろんな目で頭をそちらに向けた。勇次がその首に糸を放つ。 ヒュンとごく聞き取れないほどのわずかな羽音が抵抗なく空気を引き裂いた。的確に捉え首に巻き付く手ごたえと同時にサッと糸を引く、が、、
「・・・・・まっ!待てっっ!ゆうじっゆうじっ…やめろっっ!!」
「!!?」
 消えてしまいそうな鋭く掠れた声が空を切ったが、それは間違いなく秀の叫びだった。




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