Secret Garden 9 (1) さっきから秀は、下肢から湧き上がる恥かしいほどの熱と疼きに、全身を汗で濡らしていた。 やって来たキツネが、今夜は珍しく緊縛を両腕のみという簡易なものにしたときに何か変だとは思ったのだ。 来る前からそんな目つきをするんじゃねぇよ、オレが先に犯っちまうぜとついでのように体を触られて、 思わず嫌だと身を捩っていた。秀のそんな正直な反応に、キツネは気を悪くするでもなく甲高い笑い声をあげた。 「こいつは驚いた。それほどあのお客にご執心かい?」 両肘を抱くように曲げさせた状態で、体の前で交差した手首を慣れた手つきで縛ってゆく。 無造作に見えて、これ以上は手を下にも下ろせず力を入れても締まるだけで緩みもしない。 秀の様子をやや得意げに眺めていたキツネは、おっと忘れるところだったと黒い目隠しを取り出すと、するりと秀の目を覆った。 「……。キツネ…、それは今日は」 「ダメダメ。向こうさんが見えないのを条件にしてるんだからな」 何気ない一言が、秀の心を予想外に深くえぐった。 これから訪れるあの男が、やはり自分と肌触れ合うほどに関わろうというつもりはないのだと、暗に予告されている気がした。 沈黙する秀の顎をキツネがつまんで仰向かせる。やっぱり振り払うと、そんないじけることはねぇだろとまた笑われた。 「…いじけてなんかいねぇ」 「へっへっ。随分とかあいくなったもんだ。あの客もさぞかし好い思いをしてるんだろうな。 …いいものを渡しておいてやるから愉しみにしてな」 キツネが去ったあと、ひとり待つ部屋のなかで細いため息を吐く。 また会えたとホッとする半面で、もう来ないで欲しいと願う気持ちもあった。 前回、思わず秀が男の指を噛んだとき、男から激しい情欲の気配が伝わってきた。しかしそれでも男は秀を抱きはしなかった。 むしろいつもより短く嬲ることも早々に切り上げると、まるで逃げるように部屋を出て行ったのだ。 男が何らかの理由で秀を抱くことを躊躇しているのは分かった。ならばなぜ、男はまだ自分と会うのだろう。 もう会わないとなればこちらも諦めがつき、かえって楽になれるかもしれない。 しかし。 襖をそっと開ける音がして静かに閉じられ、あの艶めかしい髪油のかすかな匂いを研ぎ澄まされた嗅覚が捉えた途端。 (勇…次…?) どうしても、どうしても秀のなかで問うてみたい疑惑がのど元までこみ上げた。 (このまま苦しむくらいなら、いっそ壊してみようか) 正体を知らされず、しかも途中で投げ出されたままこの関係を続けることはもはや限界だった。 もしも禁忌に触れてこの男を失うことになったとしても、ずっと抑え込んできた想いを口に出来るのであれば、それもいい。 どのみち、報われることのない恋だ。 男が布団に座って見上げている秀の前に膝をつく。長い指が髪を梳いて輪郭をなぞり、唇に親指が触れる。 秀は薄く口を開いて男が口づけて来るのを待った。が、今夜男は口吸いをしなかった。 かわりにその手を滑らせて、秀の裸の肩を掴んだ。驚くほど熱い手の熱と力が伝わる。 そのまま促すように肩を押すと、男は秀を布団のうえに突き転がした。 うつぶせて両膝をつかせ腰を高く上げさせる卑猥な恰好で、勇次はキツネが唆したとおりのことを秀に施しているのだった。 壺の底に残っていた液体を小筆で掬い取ると、遠ざけた行燈のおぼろな灯りのもと、秀の後腔に塗りこめてゆく。 閉じられないよう勇次の膝を挟むように開かれた両足が、羞恥と未知の不安に細かく震えている。 ほんの僅かな量の三回分で壺は空になったが、勇次は秘薬の兆候が早くも表れてきたことに気が付いた。 「……ふ…っ、……はぁ」 小指ほどの深さにまで挿れた筆を抜こうとすると、菊座がくっと締まってそれを引き留める。 布団に片頬を押し付けた秀は、もう半開きの唇から苦しい喘ぎを切れ切れに漏らしている。 「ん…、ンッッ」 ムリに抜き取ると、喉の奥で悲鳴のようなものを上げた。欲しいものを奪われたそこはひくひくと淫猥に収縮を繰り返している。 (秀……) 肌はしっとりと細かな汗の玉が浮かんでいる。はっ、はっ…、と短く息をつくたびに全身が震え、肌全体が朱に染まっていった。 引き締まった内腿を撫で上げると、それだけで体が反り腰が揺れる。 前に手を滑らせ確かめれば、秀の牡は触りもしないのにもう完全に勃ち上がりあさましく揺れている。 もういきたくてたまらないのか、自分から勇次の手に擦り付けようとする。 身裡から生じてくる熱を外に逃がすには、恥をかなぐり捨ててそうするほかはないのだろう。 あまりの猥らがましさに目にする勇次の下肢も重く張り詰めてきていた。 「だっ……駄目…、」 小さく口走り、やんわりと掴む勇次の手の中で秀が他愛なく達していた。 秀の抑えきれない喘ぎに耳の中はおろか頭の中まで犯され、砂が巻くような音を立てて血がのぼってゆくなか、 キツネの入れ知恵がよみがえった。 『あれを使うとちょっとの刺激でもすぐにイっちまうから、そうしたほうがいい』 勇次は袖のなかを探り、いつも仕込んである三味線の三の糸を取り出す。 震える背中を見つめたまま、口に糸の端を咥えついと引く。適度な長さを引き出すと、歯でそれを噛み切った。 音もなく緋色の布団に落ちたそれを、秀のふたたび切なく張り詰めた牡の根元に巻き付けようと、腰の後ろから手を回した。 「!?……っ、な…っ?」 突然施された仕打ちに、喘いでいた秀もわずかの差を置いて激しく身じろいだ。 細い糸が巻き付く感触に、秀がハッと息を呑む音が狭い部屋にやけに大きく響いた。 しかし勇次の手によって、それはあっという間に秀の牡の証を拘束してしまう。 「いっ、嫌だ、ゆうっ…っ」 秀が思わず口走ったあとでハッと口をつぐんだ。勇次の手も一瞬止まりかける。 張り詰めた沈黙が熱せられた部屋のなかに漂った。しかしそれも勇次が、秀を放置したまま立ち上るまでの僅かなあいだだった。 「・・・・・・・、ハァ…っハァっ」 直接塗りこめられた媚薬の効果は絶大で、残酷なまでに秀の肉体を凌駕しようとしていた。 何かを考えるいとまもほとんど与えられず、秀はふたたび身裡の疼きに苛まれ身悶えを始めている。 その凄艶だが無残な姿を見下ろしたまま、勇次は自らの帯を解いていった。 聞きなれない衣擦れの音がどこからかするのを、ほとんど夢のなかの出来事のように思っていた秀のからだが、 急に後ろから抱き起こされた。 「…!!」 しなやかな長い腕が秀をとらえ、起こされた背中が裸の広い胸とぶつかった。そのまま布団のうえで足を投げ出す格好で 寄りかからされる。見えない目で思わず振り返ろうとするが、そのとき男の唇が秀の耳朶を食み、熱い舌が耳の穴に這入ってきた。 「やっ…!?」 どこもかしこも感じすぎるほど敏感になっているいま、直接的に流し込まれる濡れた音と蠢く舌の感触は、 それだけで全身を総毛立たせる責め苦だった。 「いっ…ぃゃ…だっ」 もがく体を抑え込む腕の中でがくがくと震え、秀は声を上げていた。 根元を糸で巻かれてしまったので、血がそこに集中すれば糸は痛いほどに肉に食い込み射精を妨げる。 「やめ…っ。…く…るしぃ…」 耳の穴を犯す舌が離れた。それでも射精感だけが高まった状態は変わらず、秀はなすすべもなく呼気を震わせながら、 両の膝小僧に手をかけて足を開かせる男の動きのされるままになっていた。内腿に滑った右手が秀の後庭を探り当てる。 ぴく、と薄い肉が反応する間もなく、指の先が入口をこじ開けようとする。 いつもならば最初は侵入を拒み固くなるはずなのに、そこはほとんどの抵抗もなく指先を受け入れた。 「ぁ―・・・!」 ぬかるみのように柔らかく解けたなかが、ほんの少し押し入ったそれに噛みついた。 男が道具でなく自分の指をつかったのははじめてだった。 「…ぁ…っ、あぅ」 秀が押し殺した声で歯を食い縛る。ずっと待ちわびた刺激なのに、ここを弄られると前の糸の責め苦が非道くなる。 激しい快感とむず痒く締め付ける痛みが交互に下肢を襲い、秀の最後の砦を崩そうとする。男の熱い息が頬にかかった。 「…ゆ……じ……?」 儚いような吐息に紛れて名を呼ばれ、勇次はぞくりと背筋を震わせて手の動きを止めた。 同じ男として、秀がいま施されている仕打ちの酷さは百も承知している。 キツネの唆しに、自前の三の糸をつかったのはほとんど意識せずにしたことだったが、 それでも頭のすみに、正体を明かす糸口を与えられた秀がどう反応するか見てみたいという欲も動いていた。 果たして秀は、喘ぐ声の調子に縋るような切ない色を滲ませ始めている。 まるで快感と苦痛を同時に与えているのが勇次であると、ほとんど確信しているように。 キツネにあらかじめ聞かされた通り、秀が苦痛こそを悦びに感じるという性癖であることを受け入れようとしても、 そこには感覚的な違和感があった。 実際にその乱れるさまを目にしても、肉体的な高まりの一方で、 秀がどこか無理やり自らをそう追い込んでいるような印象を、勇次はどうしても拭い去れずにいた。 何故そう感じるのかと考えるうち、ふと思い当たった。 最初の夜、勇次がお互いの慰めの意味を含めて口吸いをしたとき、秀が途中からおずおずと応えてわずかに甘えるような呻きを漏らしたのを。 身を離そうとしたときの名残惜し気な仕草が、二度とはごめんだとキツネに答えるはずの勇次を思いとどまらせた。 本来、秀の求めているものも、ひと握りの優しさや慰めではないかという思いが、そのときからずっと胸にきざしている。 会うごとに口吸いを心待ちにしている態度をみても、最後まで抱いてくれという切なる願いを、 勇次の指を噛むという無言の行動で示したことからも。 少なくとも秀は、優しく扱われることを拒んではいない。それに不満があるのならば、三度までも会うことにはならないはずだ。 嬲られたいのではなく、本当の望みはありのままの姿を受け止め愛されることではないのか。 勇次は腕のなかで、快感に伴う苦痛に喘ぐ秀を覗き込んだ。 縛られた手首を外したがっているのか、曲げた両肘を懸命に開こうとするギシギシという音が痛々しい。 解けないと悟ると今度は勇次の首筋に、頬を頭を擦り付けようとした。自分から縋りつきたいと欲しているのだ。 (秀…。それがおめぇの本心か…?) 汗に濡らした痩せた背中をぐったりと預け、掠れた声で懇願している。 「…ぁ…っ、ゆ……っ…勇…次」 続
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