Secret Garden 9 (2) 「……苦しいか、秀…」 しっとりと濡れた首筋に唇を押し当てて囁くと、 壊れてしまいそうな声にならないため息を漏らして、 秀のからだはついに聞かされた男の声に応えるように激しく震えた。 「…ゆぅ……っ。どう…して…、おめぇ…」 絞り出すような問いかけに勇次は答えることなく、逆に秀に訊いた。 「秀…。ラクにして欲しいなら、一つ聞かせてくれ…」 「……」 「おめぇの望みは…こんなふうに縛られて…知らねぇ男どもに嬲られ続けることか?」 「…っ…」 「それとも……。このオレ、なのか…?」 熱いからだが勇次の腕のなかで硬直する。 「…。……」 言葉に詰まり、ただ身を捩らせて勇次から逃れようとしたが、なかに這入った指先がクッと奥に進み、秀のからだが跳ねた。 「いぁ…っ」 「たしかにおめぇのからだは、誰にでも感じるようにされちまったかもしれねぇが…」 ゆっくりと前後に犯されて、秀が足先を布団にめり込ませた。動かせない両手が縋るものを求めて自ら抱いた肘を掻き毟る。 「…くっ……ぅ…、うっ…」 「おめぇの真心(じつ)はどこにあるのか、オレに教えてくれ、秀」 「…な…っ。なんの…こ……っ…」 「隠さなくていいんだ、秀…」 「…っ」 「おめぇのホントのところを聞きてぇ。…でなきゃお互い苦しいばかりだ…」 それでも唇を噛んで俯き耐えるばかりの秀に、勇次は苦笑した。そうして後ろからぬぷりと指を抜いてしまう。 ハッ…と小さく秀が息を呑んでのけ反った。 「仕方ねぇ。言わなきゃずっとこのままだ」 もどかしすぎて鳥肌さえ立てている無抵抗のからだを、唇で指でゆるゆると嬲る。 秀の官能を煽りながらも肝心のところには触れずに、勇次は意地悪く耳元で自白を促した。 「そんなに押し付けたって駄目だぜ。ちゃんと口で言えよ」 「…。ふ…、…く…っ」 「言いな、秀。…どっちが欲しいんだ…?」 畜生…、と秀が嗚咽に近い声で小さく毒づいた。畜生。 勇次の耳にもそれは、溢れそうな感情を懸命に抑えつけているようにしか聞こえなかった。 ここまで追い込まれていながら、どうしようもない馬鹿だと呆れたが、それは仕方のないことだとすぐに気づいた。 秀は今までずっと、そうやって生きてきたのだから。ギリギリまですべてを引き受け、苦しさに耐える以外の方法を知らないのだ。 秀はいつも何かに耐えている。 ふだんの無表情の背後に、見交わしたあとでふいと反らすまなざしに、勇次はそう感じるときがあった。 その何かとは…、深い孤独。自分の心を抑えつけ、誰とも相容れず、近づく者にも自ら距離を置く。 独りで生きるための武装を解くことがどうしても出来ない、不器用な一匹狼ゆえの哀しい性(さが)に他ならなかった。 秀にとっては孤独を飼い慣らすのと同じように、苦痛こそ快と思い込んでしまうほうが、いっそラクなときもあっただろう。 たまさかの受難によって、秀は歪な形ででも己の生きづらさを、苦痛を解放出来る居場所を見つけた。 堕ち切ることで救いを、この闇の世界に求めてしまったのかもしれない。 答えない秀が、泣く様なため息を細く吐く。口に出さずにいても、その答えは十分すぎるほどに伝わってくる。 報われるどころか伝えることすら思いもよらず、いったいどれだけの時間をこうやって一途に想い続けていたのだろう。 勇次の胸の奥が、初めて感じるような疼きを得た。 強情で独りよがりで気難しい寂しがり屋。なけなしの意地を張るどこか哀しい姿を見守るうち、 秀がすべてをひた隠しにしたままで自ら堕ちる道を選ぼうとした意味に、いまようやく思い当たった。 凌辱されたことが契機となりこれまでと同じように生きて行けなくなった秀が、 抱き続けてきた想いを断ち切ろうとした、自分への無言の別離だったのではないか。 そう決めたからこそ秀は仕事人仲間の誰からも距離を置き、 訪ねてきた勇次に対して、もう自分は大丈夫だからと一線を画そうとしたのだろう。 茶屋で最初で最後の想いをぶつけてきた秀、そして八丁堀のあの言葉を経ていなければ、秀の想いに気づくことはおそらくなかった。 (おめぇはバカだぜ、秀…。なんでも一人で抱え込めるもんじゃねぇのに) 初めの方こそ同情心と同時にどことない危うさに惹かれて、秀の内情を探った。 そんな秀に対する感情は、いまではその真直ぐで不器用な恋ごころを愛おしむ気持ちへと、勇次のなかで変化を遂げてきていた。 「どうした秀…。このままじゃ辛いぜ?」 「……っ…ゆう…」 「聞こえねぇ」 「…くそ…っ酷ぇ…やろうだ…っ」 「おめぇの口からちゃんと聞かせてもらいてぇだけさ」 そうすればオレは、迷いなく秀を愛してやれる。 勇次は秀の勇気を励ますように、縛られたままの両腕ごと抱き締めてやった。あの夜と同じように、背後から。 強張った背中の力が徐々に解けてゆくまで。 やがて。 「・・・・・ゆ。・・・・勇次…が欲しい…」 長い沈黙を破って、ぽつりとようやく秀が呟いた。 続
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