Secret Garden 9 (3) 背後から抱き締めていた手が、開かされたままの足のあいだに降りた。 生理的な欲の解放を妨げていた糸の緊縛が解かれると、食い込む痛みで半分萎えかけていた秀のそこは、 ホッとしたのも束の間、奥底から沸き起こる淫らな疼きにまた勃ち上がりそうになる。 見なくとも分かる己のあさましい体の反応を、秀は下唇を噛んで耐えていた。 そのとき勇次の指が、自分の両腕を戒める縄の結びを解こうとしていることに気づいた。 縄師の腕はたしかと見え、手先は器用なはずの男も手こずっている。 「…?」 それでもやがて、急に手首にかかる負荷が軽くなったと感じた途端、ばらりと重い音を立てて縄は秀の腿のあいだに落ちた。 勇次の手は、秀の目隠しの固い結び目にもまわった。 どちらの緊縛からも解放され、ぱちぱちと瞬きをすると縄のうえに落ちた黒い目隠しに呆然と目を落とした。 灯りそのものは遠ざけてあるからそう眩しいとは感じずに済んだが、なにか心もとないほどの身の軽さが秀を戸惑わせた。 手首から肘にかけての縄目の痕に、後ろからの男の手が重なる。 「……」 背中を預けたまま、首をねじって振り返ろうとした。 しかし勇次はその動きを利用して体の上下を入れ替え、秀を緋色の布団に押し倒す。 蛇のような縄を畳に追いやると、その手で秀の頬を撫で前髪を掻き上げて真上から見下ろした。 切れ長の目に激しい情欲を感じ取り、秀の腰骨からずきりと突き上げるような官能が奔った。 夢に見るには想像が出来なかった勇次の体の重みが本当にのしかかってきたとき。 「…っ、ゆ、ゆうじ…っ!待ってくれ……っ」 現実に引き戻される恐怖が突如として胸に拡がり、秀は思わず声を出して制していた。 勇次は空いた手で秀の腰を抱き、片足はすでに膝裏を横に押し上げている。 「逃げるなよ。オレが欲しいといま言ったばかりだぜ」 力を入れかけた勇次の肩を両手で押しとどめ、 「待っ…、たしかに言った…というより言わされたんだろ!お、おめぇに抱かれるには、…俺のからだはきたねぇのに…っ」 悲痛な声音に、ようやく勇次は動きを止める。軽く身を起こすと胡乱な目つきで見下ろした。 秀に添い寝をしたときにも口にしていた。自分に触れることが気持ち悪くないのかと、そういった意味のことを。 「秀…?オレはそんなことは気にしねぇ」 「おめぇが気にしなくたって、俺は気にする…!」 二人の視線が絡んだ。 「おめぇにも分かったろ…。俺がどれだけ……この世界に染まったか」 「それはおめぇだけのせいじゃ…」 「いや。きっかけはどうあれここまで堕ちたのは…俺の弱さのせいだ」 「……」 「こうなっちまったのも自業自得だと思ってる…。でも、だからこそ…おめぇにだけは触れられたくねぇ…」 「……なぜ、オレだけは駄目なんだ?」 静かに問い返すとかすかな動揺を示すように、秀の瞳孔の開いたままだったまなざしが揺れた。 「…言いたくないと言っても…」 「ああ」 見つめられて耐え難いのか、秀が目を逸らしてこくりと唾を飲み、ほとんど声に出さず口の中で呟いた。 「……おめぇに…。惚れてた。…ずっと」 「……」 「察してくれ…勇次。相手が分からずにいたとき…っ、 駄目だと思いながらも俺は、おめぇのことを男に重ねて身をまかせてたんだ…。 おめぇだったと知ったからには…。この穢ぇからだ…同情で抱かれるのだけは…」 黒目がちの瞳にうっすらと張った水の膜が、瞬きと同時にツ…と目尻を流れ落ちた。 「……」 勇次はそれに目を留めたが、無言で再度挑みかかった。 制止する秀の声にも耳を貸さず、無理やり足を開かせ自分のからだを割り込ませると、尻のあいだに屹立した自身を押し当てる。 「勇次…!いやだ…!」 「自分だけが汚れてると言うつもりか…?」 「・・・・・・!?」 有無を言わさずそのまま押し込まれ、次の瞬間、秀は総毛立つような衝動に爪の先まで貫かれていた。 快感なのか一瞬分からないほど、からだの中が弾けたような感じがあった。 重い圧迫感に秀は声を上げることも出来ずにのけ反った。 勇次の熱い肉体の一部が、秀のなかを深く穿つ。溶けそうな自分の肉の洞が、先の言葉を覆す勢いでそれに吸い付くのが分かった。 「ぁ…!!…ぁっ…う…、っ…っ」 たまらずに、自由になった手で思わず勇次の腕に縋りつく。勇次が体の動きを止めたまま、口を利いた。 「…秀…。おめぇがそういうなら、オレの話もしてやろうか…」 繰り返し湧き上がる官能に小刻みに震えながら、秀がまぶたを持ち上げ焦点の定まらない目で勇次を見上げる。 「……?」 「あのとき…。おめぇと茶屋に泊まった夜だ。オレはおめぇを抱きたくて仕方なかったんだぜ」 秀の虚ろだった目が見開かれたが、勇次はジッと視線を据えて低く言葉を継いだ。 「男どもに好き放題やられてた姿がずっと頭ん中をちらついてた…。茶屋に連れ込んだときも、下心がまるでなかったとは言えねぇ。 気丈に振る舞うおめぇの健気さを見てると、よけいにな」 「……」 「おめぇがしがみついて来なかったら、オレは逆におめぇに襲い掛かっていたかもしれねぇと、後でゾッとした」 「……っ」 「あんときのおめぇに、オレを押しのける力があるはずがねぇ。 …添い寝した後も…オレはそのことばかり考えて……。何度も夜中に目を覚ましたんだぜ。おめぇはよく寝てたから知らなかったろう」 「…嘘、だ、そん…っ」 反発しかけた言葉を遮るように、勇次が軽く腰を突き上げたので、秀はアッと言ってまた腕にしがみつく他ない。 いたたまれずまぶたを閉じてしまった秀の反応を確かめながら、勇次は続けた。 「秀。おめえが自分を汚れてるだの穢ぇだのと言うなら、オレはそれ以上のケダモノだ。 傷ついて弱ったところに付け込んで、もう少しでおめぇを犯すところだったんだからな」 「……」 「…だからおめぇも、もういい加減に認めちまえよ…秀」 ゆっくりと勇次が動きはじめ、秀のからだが一気に熱を高めた。 ぶるぶると全身を震わせ、ついに両腕は掻き抱くように勇次の背中にまわった。 片足の膝裏に手をかけて高く持ち上げ深く突き入れると、悲鳴のような切れ切れの声が喉の奥から上がった。 フッ…とややきつそうに息を吐いた勇次が、感じすぎて跳ね上がる秀の体を抑え込むように動きを早める。 少しの刺激で、気が遠くなりそうな快感が波のように押し寄せる。声を殺そうとしても、泣く様な喘ぎが勝手に喉から飛び出した。 「我慢するな、秀」 そういう勇次のほうの声にも余裕がなくなっている。 互いのせわしない息遣いと濡れた淫猥な音だけがだんだん激しくなり、転写されるふたりの影が大きく歪んだ。 「はぁ…あはぁ…いく…勇次…っいく……っ」 「……っ、いけよ…秀…」 我を忘れてあられもない言葉を口走る秀の濡れた口元を勇次はあえて塞ごうとせず、淫らな嬌声を上げさせ続ける。 「ひっ…っあ、ぁっ…っ勇」 「自分を痛めつけるような真似はもうするな…秀。そんなことをしなくたって、オレはおめぇから…」 離れない、と耳元で囁くと、固く閉じた目から意識はしていないのだろう、ハラハラと涙をこぼしている。 激しい肉の悦びに感極まっているのか、それとも胸に圧し迫る切なさのせいなのか。勇次にもそれは分からなかった。 だが、秀は息も絶え絶えになりながらも、自由に使える手を差し伸べて自分から唇を合わせてきた。 ずっとそうしたかったというように、何度もはげしく。口吸いの合間にかすかな声で囁いた。 「…欲し…、もっと、ずっと…勇次…」 返事のかわりに勇次は、その手を自分のと絡めて強く握り締めた。 交合が一段と感極まり、熱い迸りが体の奥にぶつけられたと感じたとき。 秀もまた最後の蝋が、勇次という焔によって燃やし尽くされたように気を遣っていた。 epilogue
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