いくつかの得意先から、錺り職の仕事を貰ってはここでもコツコツと細工を続けていた。 秀の簪は評判がよく、行けば必ず次の依頼が入る。現在の在所を問われ口を濁しては逃げるように 帰ってゆく秀に、多少なりと怪訝な顔をされても、品を確実に届けには来るので、 深く詮索されることなくいまに至っている。 町への行きがけ、秀はおつぎたちの集落の付近で三人の若い男たちを見かけた。連中は 庄屋の倅をはじめ村の百姓や鍛冶屋の倅には違いなかったが、単調な日常に倦んだいかにも何かの衝動を持て余して いる与太者のように見えた。 秀が通りかかると、とある家の土塀にもたれてだべっていた三人が一様に好奇の視線を 向けた。恐ろしくもなんともないが、粘つく不快な視線が全身にまといつくのを秀は感じた。 無表情に行き過ぎたが、その耳に「色子」「かげま」という囁きが飛び込んだ。唇を ひそかに固く喰い締め、秀は得意先と相談するあらたな意匠のことだけを考えて先を急いだ。 用事を済ませ、また町外れの村に戻ってきたのは、澄んだ秋空のもと西日が眩しく 稲穂を照らす時分だった。 帰りには例の三人組には出くわすことなく済み、なんとなくホッと息を吐いて庵の戸口を 引き開けたとき、秀は部屋の空気に違和感を抱いた。 「・・・・・?」 次の瞬間、弾かれたように一歩後ろに膝行りながら、 無意識に胸元をさぐりあるはずのない簪を掴もうとしていた。 陰る室内を睨み付ける。上がりかまちにひとの姿があった。 「よしな。オレだ、秀」 「!?」 聞き覚えのある静かだがくっきりとした存在感のある声に、 黒目がちの瞳がハッと見開かれる。なにか思うまもなく 足下から地面が崩れていくような絶望が秀を捉えた。無言でふらりとあとずさると踵を返しかけた。 「待てよ」 すかさず追ってきた勇次が、その腕を掴む。強い力に引かされて秀はたたらを踏んだ。 「・・・」 「秀・・・ずいぶん捜したぜ」 背けた横顔にあてられた視線を感じる。あの青みがかった黒く澄んだ瞳で、いま現在の自分を 見られたくなかった。腕を振り払おうとしたが、勇次はかえって指に力をこめて囁いた。 「心配するな。一度おめぇに会って話を聞きてぇと思って来ただけだ」 「・・・」 逃げようとした秀の体からフッと力が抜けるのを感じて、勇次が掴んでいた手を放す。 顔を合わすことなく家に入ろうとする秀のあとに、無言で付き従った。 戸口が閉まると、部屋のなかにはよりいっそうの沈黙が落ちた。 秀は背を向けたまま立ちすくんでいる。 「秀・・」 「何でここが分かった・・・」 声をかけようとしたとき、ひび割れた秀の声が被さった。勇次は低く応えた。 「・・・一度、八丁堀のあとを尾(つ)けたのさ」 秀がふうっとため息をついてこちらを振り返る。胡乱な目つきで勇次を 見やるとぞんざいに言った。 「・・・それじゃあ隠してても仕方ねぇよな。ここはあいつが借りてる家だ」 「八丁堀が?」 そうと聞いて勇次の目つきが確信したように鋭くなった。 はやくも何事かを察したらしい。しかし秀はあえて、口にしてみたくなった。 喉元に嗤いが込み上げる。勇次がそれを聞いたとき、どんな反応を示すのか。 「・・・そうだ。俺は裏の仕事を脱けるかわりに・・・、あいつの囲われ者になったのさ」 言いながら勇次の顔色を伺ったが、勇次の秀を見る表情には何の変化もなかった。 それがかえって秀を苛立たせる。 「なんでぇ。せっかくおもしれぇ話を聞かせてやったってのによ」 「秀。おめぇがそれを望んだわけじゃねぇだろ」 投げやりな物言いを、勇次が唐突に遮った。秀は口をつぐみ、切れ長の目を睨みつける。 「・・・だったらどうした。勇次、おめぇには関係のねぇ話だ」 「・・・・・」 「俺はてめぇで選んでここにこうしているんだ。余計な口は挟まねぇで貰おう」 「おめぇとあいつのことだ。そんな野暮はしねぇよ」 淡々とした勇次の言葉に、切りつけられるような思いがする。震えそうになる声を むりやり秀は抑えつけた。 「・・・そいつを聞いて安心したぜ。気が済んだなら・・・もう帰ぇってくれ」 答えずに佇む勇次を置いて、秀が草履を脱ぎ捨て上がりかまちに足をかけたとき、 「・・・・・殺してやろうか?」 ひやりと氷のような冷たさで、それは秀の耳に滑り込んできた。 「八丁堀を、オレが殺してやってもいいんだぜ・・・」 秀は振り向いて、土間に立つ勇次を見下ろした。勇次の目が口以上の雄弁さを 湛えて秀を見据えていた。 「・・・勇」 「おめぇが突然消えたあと、おかしいと思ってあいつに訊いたが、オレが知るかと言いやがった」 「・・・」 「おめぇたちに何があったかは知らねぇ。・・・だがな。あいつは おめぇを神隠しに遭わせておいて、素知らぬ面で仕事仲間を謀った。 加代やオレたちにはいまもシラを切り通していやがる。そいつがオレは気にくわねぇ」 「・・・・・」 秀は勇次の視線を外すように俯いた。言いたくはなかった。 八丁堀の言いなりになっている訳を、勇次が 言下に探ろうしていると分かっていても。 「・・・その気持ちだけ貰っておくぜ、勇次」 「・・・」 「・・・あいつを殺るのは、この俺の手でと決めてある」 無表情に言葉をつなぐ秀の心の奥をすかし見るように、目を細める。 「・・・やっぱり誰も頼らないつもりかい?このオレにも・・・」 しばしの沈黙をおいて口を開いた勇次の声音には、珍しく情が籠もっていた。 「おめぇに八丁堀は殺れねぇ。分かってるんだろう・・・秀」 「さあな・・・。そのときが来たら、たとえ差し違えても俺は、あいつを地獄の底に叩っこんでやるよ」 いまの状況下でそれが起きれば、外目には情痴がらみの無理心中にしか 見えないだろう。秀の口元を皮肉な微笑が掠める。 勇次は何か言いたげに秀を見つめたが、つと裾を捌くと無言で背を向けた。 開け放ったまま去って行った戸口を見つめる秀の目に、いつになく鋭い光が宿っていた。 業 〜鳥籠4〜 へ
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