業  〜 鳥 籠 2 〜







「おめぇを抱きに来たってのに、よけいな手間ぁ増やさすんじゃねぇや」
 秀は奥座敷の畳にあぐらをかいた八丁堀を睨み付けると、ふいと背を向けて作業机の前に 座った。 昨日源吉のしていった話を、やって来た二本差しの長い面を見るなり聞かせたのだったが、 かったるそうな八丁堀の感想はその一言だった。
「おい、こっちに来い」
「・・・」
「聞こえねぇのか?」
「・・・」
「聞こえねぇなら、オレがそっちに行ってやってもいいんだぜ」
 ダン、と思い切り金床に細工用の鑿を突き刺す。縁側に近いほうの小部屋を秀は常用していて、 それよりかはやや広い奥の間には足を踏み込むこともしなかった。そこは八丁堀が 来たときにだけ、使用される場所だった。
 胸裡にうずまく感情を堪え込もうと、秀は大きく肩で息を吐いた。八丁堀が半眼あいた目で 舐めるように自分を見ているのが分かる。やがてのろのろ立ち上がると、 男の視線は見ないようにして奥の間に足を踏み入れた。
「脱げよ」
 襖を閉めるとすぐ、太く低い声があざけるように命じた。 うしろを向きかけたところにすかさず声がかかる。
「なんだ色気がねぇなあ。オレの見てる前で脱ぐんだよ」
 唇がかすかに震えるのを気づかれまいと、秀は舌先で乾いた唇を舐める。すでに欲情している 男の目にはそれが扇情的に映ったのか、ふいに手を伸ばすと秀の腕をつかみ床にむりやり 引き下ろした。
「放せよっ」
秀が抗う。
「言われたとおりするから触るな!」
「気が変わったんだよ」
 パンと頬を張られ、のしかかった男の片足がもう、秀の裾を割って片膝を開かせようとする。
「飽きもしねぇでよく抵抗するなぁ。また縛られてぇのか」
「そんなわけねぇ・・・ッ!」
「そうか?オレはてっきりおめぇがオレに嬲られたくってわざと反抗してるのかと 思ってたぜ」
 秀とて最初のうちは、無反応でいることが唯一この男を自分に飽きさせる手段だと考えて、 何をされても心を動かさぬように耐え抜こうとした。 しかし八丁堀によって開かされたからだだけは、心でどうにも押さえつけることは適わず、 執拗にいたぶられてはついに男の胸のしたで音(ね)を上げる自分がいる。 意地を張ろうが泣いて許しを乞おうが、行き着くところは同じだ。だったらせいぜい、 この男への憎悪を見せつけたかった。
「オレが憎いだろう、秀・・・?」
 心の声を聞き取ったように、大きく胸をはだけながら男が嗤う。 剛剣を振るう厚みのある掌は固いまめが浮いている。そのざらついた掌で撫で回されると、 いまだに肌が粟立ち、あの小屋での陵辱を思い出してしまう。
「オレを殺せるもんならやってみな」
 八丁堀は秀に獲物の簪まで手元に残している。それなのにこの底の見えない目に射すくめられると、 体が動かなくなる。丸裸にされすべてを暴かれているようで、 自分の矜恃すらあやふやになる。
 それでも逃げたり自裁などしたりすれば、宣言どおり八丁堀は代償としての無差別の殺戮に 走るだろう。秀はそれが決してただの虚仮威しではないことを知っている。この男の なかに眠る鬼は、本来が血に飢えているのだ。仕事のなかでときおり、秀は八丁堀から それを感じ取っていた。自分や加代、勇次たちとは根っこから何かが違っている、と。

 ことが終わったあと、精魂尽きてぐったりと横たわる秀を尻目に、八丁堀はすっきりした 顔で身支度をすすめていた。帯を締めながらふと、何か思いついたように 喉の奥で嗤った。
「・・・おい。その何とかいう爺いの話してたヤツらだが、ここにももう覗きに来たみてぇだぜ」
「・・・!?」
半分眠りかけていた秀はその言葉に一気に眠気も吹き飛んだ。
「どういうことだ?」
「なぁに。このあいだ帰るときにな、家のまわりのぬかるみに何人分かの草履のあとが 入り乱れて残ってたんで、妙だと思ったんだ」
「・・・・・」
 秀は愕然として二の句が告げられずにいた。帰りしなの老人の忠告が蘇る。 集落の与太者たちは、素性の知れぬ男がここに住み着いたことに興味をしめし、 すでに偵察にやって来ていたらしい。もちろん、 たびたび訪れる同心の姿も目にしていることだろう。
 のっそりと起き上がり着物を肩にひっかけて黙然としている秀に、
「気にするこたぁねぇ」
八丁堀が声を投げた。
「たかが片田舎のエテ公どもだ。なかに押し込むような気概はねぇだろう」
「そんなのを気にしてるんじゃねぇ」
 キッとして秀が顔を上げた。じっさいにそんなことにでもなれば、秀はどうしたってそいつらを 手荒い方法で叩き出すしかなくなる。そうなればなおさら、周囲からかえって素性を怪しまれ ることにもなりかねない。
「あんたがしょっちゅう来るせいで、連中の関心を引いちまったんだろうが」
「ああ、そうだな」
それがどうかしたかという、カエルに水鉄砲の厚顔だった。
「で、なんの関心を引いたって?オレが囲い者を抱きに来るんじゃねぇかってことをか、秀?」
 ほんとのことじゃねえかと嗤われて、秀は思わずカッとなり近くにあった枕を 八丁堀の憎たらしい顔めがけて投げつけた。あっさりかわした男が、 太刀を腰にぶち込みながら言った。
「よせよせ。可愛いマネをするんじゃねぇや。またやりたくなるだろ」
「・・・死ねよ八丁堀。てめぇの顔なんざ、金輪際見なくていいぜ」
 八丁堀がにやつきながら出て行ったあと、秀は物憂い表情のまま身の始末をした。




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