もうどれくらい時が経ったのだろう。 混濁する意識のなかで、密着する 熱い肌と、呼吸に合わせて隆起する固く張り詰めた胸の動き、 互いの不快な汗のぬめりだけを感じている。 どこまでが自分でどこからがそうでないのか・・・。自分の口から漏れ出ているはずの 声が、まるで他人のものに聞こえる。この状況を理解しようと まとまらない思考のかけらが集まりかけては、もろく崩れてゆく。 目が醒めればこの悪夢は終わるのか・・・。 いつものごとく肉体から心だけを切り離して、どこか遠くを彷徨いはじめた気配を察した かのように、繋がったままの相手が不意に身動きした。 「ぁ・・・は・・・ッ・・・っ」 出し抜けに再開した荒々しい律動に、現実に引き戻される。 縛められた両手首と柱とを繋いでいる組紐を、秀は縋るようにビンと引いた。 すべてを剥ぎ取られ隠すことも出来ない惨めな姿。大きく両足を開かされたしなやかな裸身に、 やはり裸の男の精悍な背中が覆い被さっている。 秀は閉じこめられた暗い小屋のなか、今夜もまだ八丁堀を受け入れていた。 「・・・んぁ、っ・・・、・・ぁ、ぁ」 昨日の記憶も生々しいうちに、今日またあらたに注ぎ込まれた 獣欲の残滓が、終わらない抽送のたびに掻き出される。 その聞くに堪えないほど卑猥な音と濡れた肌の擦れる音、 そこに秀の切れ切れの喘ぎが、闇のなかで重奏を奏でる。 「よすぎてたまんねぇか秀・・・こんなに締め付けやがって・・・。 オレをうちに帰さねぇつもりかよ?」 膝裏に手をかけて片足を高く持ち上げた男が、角度を変えてさらに深く腰を進めてきた。 「・・・ッ、あうっ、、、く・・っ」 下衆な言葉で嬲られても、充分に馴らされた内壁は憎い男のそれに貪欲に絡み付く。 「教えてくれよ・・・。吉原の女郎も目じゃねぇようなド淫乱に誰がしちまったんだ?」 「・・・、・・・・・・・」 組み敷いた男からなけなしの殺気が伝わった。呆れたことにまだ心までは完全に白旗を 掲げてはないらしい。これで七日目。さすがによく保(も)った。 「ほれ、誰がおめぇにこんなに好いこと教え込んだって聞いてんだ」 下手人を拷問にかけるときと同じ調子で、汗と精液にまみれた尻や腿を容赦なく 立て続けにひっ叩くと、その刺激にさえ感じてしまうのか秀がびくびくと痙攣してのけ反る。 からだは敏感に応えているくせに、口や目だけは懸命に抗おうとする。その強がりが かえって陥落させようとする側を悦ばせていることに気づいていない。 「ゆ、、、ゆるさねぇ・・・は、ちょ・・ぼり」 秀にあやしげな薬を飲ませ、以前から目をつけておいた長年使われず放置されている木材置き 小屋に監禁して、この七日間というもの八丁堀は時間の許す限りそこを訪れては 秀を嬲り尽くした。 体を弛緩させ催淫作用をもたらす、ふだんの精神状態を保てないその薬のおかげで、 誰にも心を開こうとしなかった一匹狼が、日ごとの執拗な調教の果てに いつしか無惨なまでに淫蕩な性を開花させたのだった。 「く、そ・・・畜生・・・っ・・・ころ・・・、してやる・・・」 秀が赤い舌を覗かせてうわごとのように口走る。 「ああ・・・おめぇのからだで殺してくれよ・・・オレもそろそろ限界だ・・・」 前後に揺すり始めると、髪を振り乱して喉の奥で啜り啼くのを、どこまでも追い立てる。 奥まった感じるところをかき分けるように何度も擦りあげられて、 秀は千切れそうなほど強く組紐にしがみつく。八丁堀の怒張を誘い込むように、悩ましく尻がくねる。 ふたりの固い腹のあいだで擦れて勃ち上がった秀の牡が、堪えかねて精を漏らした。 「勝手にイクんじゃねぇよ」 八丁堀はさらに動きをはやめ、秀のなかにどくりと射精した。 「アァッ・・・・」 秀がひときわ高い声を上げて達した。熱い肉の洞が絞り込むように締まる。 しなう背を抱きかかえて胸に頬を押しつけ、 八丁堀も痙攣しながら腹が空っぽになるまで注ぎ込む。 男を抱くのは秀がはじめてだが、これほどいいものとは知らなかった。 りつ相手にはとうてい無理でもこいつに子が孕めるものなら、オレは何人 だって孕ましてやれそうだ。この虜に対する冥(くら)い情念がさらにくすぶるのを八丁堀は感じた。 「今夜はこれくらいにしといてやるよ。明日は新しい隠れ屋に連れてくからな」 「・・・・・・。もう・・いやだ・・・自由にしてくれ・・・」 終わりなく味合わされる屈辱に、秀のなかでずっと必死で守り抜いてきた心にも ついにヒビが入った。これまでどんな辱めに合わされても決して潤ませることすら しなかった秀の目に、はじめて水の膜が張る。高い位置に取られた明かり取りから差し込む 月あかりのもと、その幽かな光は八丁堀の目にも見えた。 「約束・・・したはずだ・・・」 抵抗する気力すら奪われた秀が嗄れた声で哀願するのを、 一瞬哀れむように見つめた八丁堀は、 しかしやがて凄みのある薄笑いを浮かべると秀の顎を摘んで真上から覗き込んだ。 「たしかに約束したぜ。仕事には金輪際おめぇを引き込まねぇとな。 ・・・仕事から逃げるのはいい。でもな・・・このオレから逃げることは絶対にゆるさねぇ」 あれほど足抜けしたがっていた殺しの稼業に二度と引き込まないことを約する代わりに、 八丁堀は七日間、秀に自分に身を任せることを条件として突きつけた。 抜けるってんならそれなりのものは置いて行けよ。 長ぇ付き合いだったじゃねぇか・・・と、いつも以上に底の見えない眼光に捉えられたとき、 秀はこの男が自分たちの馴れ初めから、なに一つ忘れていないと悟った。 もともと自ら進んで八丁堀に仲間にしてくれと頼み込んだのは秀の側だった。この男は乗り気でなかったのに。 それ以前には単身で、たまに刺激を求めてまた金に困ったとき一度限りの殺しを請け負ってきた。 しかし自分に関わりのある者たちがとある犯罪に巻き込まれたとき、 秀のなかで今までにない、非道な悪そのものに対する怒りが生まれたのだ。 親しかった友達を殺され、たまに寝る間柄だった小料理屋の後家も自分の無理解がもとで自ら縊死した。 個人的な悔恨と取り返しのつかない事態を招いた口惜しさに、 すべてが終わったあとにも呆然と魂が抜けたように立ち尽くすしかなかった。 仕事人としても一人の人間としても無力さを味わい、初めて抱いた挫折感に秀は激しく戸惑い、 その収拾のつかない感情の矛先を行きがかり上、一度だけ組むことになった二本差しに向けてぶつけていた。 『いままでのおめぇのしてきたのは仕事じゃねぇ』 八丁堀は向こうっ気の強い若い秀に、そう言って軽くいなした。 『ほんとの仕事はいつだってこんなふうに苦ぇもんだ…』 闇の仕事を請け負い続ける稼業に本格的に取り組もうとする秀を、八丁堀は止めたにもかかわらず、 結局秀はむりやりにも仲間に収まる道を選んだのだ。 それから何年の歳月が過ぎたのだろう。何度も嫌気がさし、この世界からも八丁堀からも逃げ出したいと思った。 秀にとって裏の世界そのものを具現化する存在だった八丁堀と完全に決別するための代償として、 借りを作りたくない秀は悩んだすえ、それを承諾した。 これから先、普通の一般人としてまだ長い人生を生きてゆくために、自らなんらかの手痛い犠牲を払わねば、 髪の先までどっぷりと浸かってしまったこの渡世を、 染みついた血の匂いをこの身から殺ぎ落すことが出来ないと考えた挙句の苦渋の選択だ。 絶対にそんな素振りも言葉にも表さずにここまで関わってきたが、 秀は秀なりに中村主水という同心にはこれまでの歳月を経て人間的に信頼を寄せていたのだ。 以前から、自分を見る目つきに何か独特な執心を感じることはあったが、 それがこういう意味だったと知らされたとき、秀の胸中を空ろに乾いた風が吹き抜けた。 その下卑た交換条件は内心深く秀を傷付けはしたものの、 それだからといってもう会うこともない男に失望するのも、おろかなことだと気を取り直し、自身を嗤いさえしたのだった。 一方で、そんな秀の葛藤にとうの以前から気づいていた八丁堀は、 己自身のひそかな想いを叶えるべく、それを逆手にとることにした。 すなわち何食わぬ顔して秀を掌中に入れるための罠をめぐらせたのだった。 かくして、男の欲望のままに快楽を享受する淫靡な性奴へと秀の身は堕とされた。 望みどおりもう二度と、秀が他人の血で手を汚すことはない。 しかし、こんなかたちで己のすべてを暴かれ骨の髄までしゃぶり尽くされたいま、 秀は呪縛から解かれるどころか、八丁堀によって逃げ場のない袋小路に追い込まれてしまっていた。 たとえ逃げたとしても、男の影はどこまでも秀を追い詰め心を、 からだを縛り付ける。それこそがはじめから八丁堀の狙いだった。 秀を隠し住まわせる場所はもう見つけてある。そこに密かに秀を移して、 好きなとき好きなだけその肌に溺れ柔らかい心を貪るのだ。 それでオレは殺しの生業を続けてゆける。 この業深い血のざわめきをいっときでも鎮めらるのは、誰より中村主水という男の本性を知る者、 その近くにいながら己を見失わずにいられる者、 常に仕事人としての生に悩み苦しみながらも、自らの意志で同じ闇の底を生き延びてきた、 こいつ以外に考えられない。そう狙い定めて以来、機会が訪れるのを待っていた。 いつか秀を自分のものにするための。 「おめぇはもう殺しのことなんざ何も考えずに、オレに抱かれてりゃいいんだ。悪くねぇだろう?」 「・・・俺に、籠の鳥になれって・・・?」 縛めを解かれ、力なく八丁堀の腕に抱き込まれた秀が、顔を背けてやがてしずかに 涙を零す。翼はもうこの男に折られ、ずたずたに引き裂かれてしまっていた。 「それなら死んだ方がましだ」 「いいか秀・・・。おめぇがもし死ぬか逃げるかすれば、罪も無ぇ誰かが代わりに死に続けることになる。 ・・・オレは見境なくひとを斬れるんだぜ・・・」 低い囁きの強請るような声音とまるで奥行きのない暗い色調の目が、男の狂気を物語る。 秀はハッと瞠目して八丁堀を凝視したが、暗がりに底光りする視線に射すくめられた。 背筋にじわりと本物の恐怖が這い上がる。と同時に、この男からは逃れられないという現実が、 秀の目の前を冥く閉ざした。 「…八丁堀、あんたは狂ってる、・・・」 「そんな青臭えことをいうからおめぇは半人前だってんだ。端から狂っちまったほうが ラクに生きられたものを・・・」 乱れた髪を鷲づかみにし、嗤った口が濡れた唇を覆う。喰らうように肌を貪りながら、 うつろに見開かれた黒目がちの瞳を覗き込む。本性をあらわにした男がそこに映っていた。 「鬼が世間を渡るにゃ鬼の女房が要るのさ。 ・・・やっと手に入れたんだ・・・。おめぇはオレのものだ」 声にならない何事かを口のなかで呟いて、秀の頬をまたひと筋の涙が伝った。 業 〜鳥籠〜 へ
小説部屋topに戻る
|