消えない夜







 気怠い充足感に四肢を満たされてぼんやりと浮遊する、特別な空白(ま)。

 互いに何を考えているかもわからず、また知りたいとも思わず、脱力して沈黙に身を浸している時に――――― ぽつりと前触れもなく、秀が呟いた。
「死んだら、どうなる・・・」
 唐突なようでいて、なぜか勇次にはすんなりと腑に落ちる。 他人を遠ざけながら同時に飢えている、矛盾だらけのこの男の寄る辺ない心が、その問いに集約されているように感じたからだ。
 そしてそれは、自分が秀に惹かれこうして逢い続ける理由でもある。 人の道に外れた男ふたりいくら愛し合おうと、所詮は虚しさの沼に溺れているだけと知りながら。
 しかし勇次の信条として、優しくなければ生きている値打ちはない。 悲しみを知らなければ喜びもないように。あの二本差しもいつか呟いていた。人生なんて生きてる間の出来事だと。
「・・・さぁな。死んだことがねぇからな―――」
 闇の中でおぼろげに浮かぶ横顔が、じっと耳を傾けている様子が気配で伝わる。 気障な野郎だといまだに皮肉ることがあるくせに、秀は体を重ねるひとときだけは、この低い声に素直に身を委ねられるらしい。
 だから、せめて聴かせてやりたくなった。本当すぎて誰も言わないような気障な言葉を。
「オレに分かるのは、死んじまったらこうして会えなくなる・・・ってことだけだ」
 横にいながら身を離して横たわっている男は、長いこと無言だった。



 もう寝たんだろうと勇次が思ったころ、足にふと触れるものを感じた。 偶然ではなくて、伸びてきた足の爪先がツツ・・・と意図的に脛を這う。
「・・・・・」
「・・・・・」
 手探りで布団の下で秀の手を探し当て、それをそのまま自分の欲に導き触れさせる。 死に絶えたような静けさの中、そこだけ息を吹き返している感触を確かめて、憂鬱な愛人は喉の奥でひっそりと笑った。
 一度汗が引いて冷えてしまった肌をすり寄せてきながら、何やら小さく口走った。
「え?」
「それは困る」
 さっきの返事だと気づいたときには、ぶつけるように重なってきた唇に声を吸い取られた。




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