再 会 2
週の中日はどこか空ろな気分で過ぎ去っていった。 左門に会うことにときめきは別に感じない。会ったところで、数日前のあの会話以上の何があるのかと。 それでももう一度左門に会ったら言ってみたいと思ったのは、恨み言でもなければ幸せだった頃の昔話でもない。 (こないだ言いそびれてたけど、俺、付き合ってるヤツがいるんだ) (俺が言うのもなんだけど、すっげーカッコいいヤツでさ、女の子にもモテまくりなのに、俺がいいんだって) もうこのシュミレーションを何度、頭のなかで再生したことだろう。 我ながらバカバカしいと思っていながら、向かい側に座った左門の表情を想像しながら言葉を繋ぐ。 (だからもう、会うのはこれきりで勘弁な。けっこう嫉妬深いから今日も仕事のフリして出て来たんだ) 左門は正直者で素直にこちらの言うことを信用する男だ。秀の言葉にどんな棘が隠されているかなどと裏を読んだり、 当てこすりを言われていると思うこともせず、ただほんの少し心の辛さを感じていたとしても、それは表に出さず、 ただ「そうか」と頷くだけだろう。 自分だけをもっと見て欲しくて、もっと体を繋ぐときのような激しさで存在そのものを求めて欲しかった。 お前はオレのものだから他の奴を見るなと、いっそ怖いほどに独占して縛り付けて欲しかったのだ。 施設で育った秀には身寄りがないから、いっそう誰かに繋げられていたいという願望が人一倍強いのかもしれない。 左門にそこまでの欲求を直にぶつけたことはなかった。左門の穏やかさや普通の家庭環境で育ってきたごくありきたりの感覚では、 ひょっとすると自分の感覚を理解できないかもしれない。 秀はズレているのは施設育ちという特異な環境で育った自分の側だと、認識していた。 その卑屈な気持ち、劣等感が秀をして左門というふつうの世界の人間に憧れと恋心を抱かせたことは否めない。 そして左門のほうは、自分の身近にこれまでいなかった独特の危うい雰囲気と中性的な容姿を持つ秀に心を奪われ、 ふたりは3年ものあいだ、何度も別れ話が持ち上がりながらも離れがたく関係を続けて来たのだった。 木曜の夜、仕事から戻った秀は、ポストに宛名も何も書かれていない白い封筒を見つけた。 開けてみると、中にはチケットが二枚入っている。 樹齢数百年規模の世界の老木ばかりを撮影して回っている、海外の写真家のエキシビションだった。 部屋に戻ってリュックを肩から滑り落すまもなく、秀はすぐ勇次に電話した。 勇次は意外なことに、5コール以内に出た。電話口の向こうで人のざわめきがする。外のようだ。 「お前、いつ来たんだ?」 「外回りのとき、ちょっと入れに立ち寄っただけだ」 そういうことじゃなく、と秀はいつもどおりのどこか飄々とした勇次の口調に苛立った。 「こないだ話してた展示だろ、あれ」 「そう」 「チケット買ってたなんて言わなかったじゃねぇか。てっきりフリーのやつかと思ってた」 小さなギャラリーなどで開かれる無料の、ごく小規模なものを秀はイメージしていたのだ。 「気にするな。たまたま気が向いて買っといたんだ」 「……」 「オレは平日は無理だから、お前は都合つくなら覗いてみろよ」 秀ははじめて、勇次の声に対して頬が熱くなりドキドキと胸が不自然に脈打ちはじめたのを意識した。 「…なんで二枚なんだよ」 ほんとは二人で行くつもりで買ったものじゃないのか。秀が思わず押し殺したような声で訊ねるが、勇次はいつもの笑い声で応じた。 「お前の周辺なら誰か興味のあるヤツがいるだろ。オレは別に見なくていいから」 そのとき電話の向こうで誰かが勇次に話しかけたのか、ガサガサとした物音がして、 「あ。そーいうことで。じゃあまたな」 あっさり言って電話は一方的に切られてしまった。 分館topに戻る
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