うずまさ学園高等部 詰め
『保健室の先生と学年主任の数学教師』 ● 家庭訪問 ● 「おかえり」 ノックも呼びかけも無しに、いつもの如く保健室の引き戸をガラッと開けて入ってきた教師に、 保健医は見向きもせずに声を掛ける。無言で秀夫は背後の空いたベッドに倒れ込んだ。 「またまた今日も遅いお戻りですね、村上先生」 時計はすでに午後八時を回ろうとしている。 すでに生徒など来ないこの時間まで、高校の医務室が開いてること自体がおかしいのだが、 秀夫はとくに不思議だとも思っていないらしい。 「……他人事だと思ってよ…。お前はいいよなぁ」 珍しく愚痴っぽい高校入学以来の友人を、回転式の椅子の背もたれごとクルリと回して、 うずまさ学園高等部の校医、山田勇次は振り向いた。 「この時期は去年もそうだったな」 「…言うな」 「今日は何軒回ったんだ?」 「…四軒。計画ではあと三人分行けたはずだったんだけど…」 去年から二年生のクラスを担当することになった秀夫は、 四月中旬から五月中旬にかけての家庭訪問に四苦八苦している、というよりも消耗している。 「そんなに長々と話すことあるのか?」 「分からん…。子供のことよりもなんて言うか、親がなかなか帰してくれなくて」 勇次の眼鏡の奥の切れ長の瞳が、冷たい光を宿す。 「またかよ。今日はどんな?」 「ん…。一軒目の母親と、あと四軒目の…父親が特に」 モンペアに悩まされるのはどの学校、どの教師も抱える問題だが、 この秀夫の場合はそれに加えて親たちによるセクハラを受けてしまうという因果な性質がある。 当の親たちはセクハラとは思ってもみないのだろう。 ただこの善良で正義感が強く真面目な男性教員が、あまりにも魅惑的な(本人は気づいてない)美貌の青年という点が、 家庭訪問という個人的に教師と関わることの出来る絶好のチャンスと捉えている者もいるということだ。 「分からないな。教師を何だと思ってるんだ。…今度二人で飲みに行きましょうよとか、当たり前みたいに言うんだぜ」 「…」 いつもなら自虐的にでも笑っている辛抱強い秀夫が、こんなふうなナーバスな本音を漏らすことは珍しい。 勇次は眼鏡を机に投げ出すと、立ち上がってベッドに向った。 「おい。何があったんだよ?」 こっちに背を向けて両腕を顔の前で交差するようにして丸くなっている秀夫に、後ろからやや身を寄せつつ訊ねる。 やっと今年に入って、勇次の大学時代からの口説きを信用すると言ってくれた。 自分のことを友人としてでなく、それ以上の気持ちをもって見てくれるようになってきた秀夫だからこそ、 勇次はもう、この健気なまでに世間ずれしてない秀夫を護りサポートするのは、自分の役割だと勝手に自負している。 秀夫がこの学校に入ることになったから、勇次もそれを追いかけてここに着任したのだ。 なぜそんなことが出来るかと言えば、勇次はうずまさ学園の理事長一家とは実は昔から昵懇だからだ。 ここだけの話、勇次の実家は泣く子も黙る大企業。 その御曹司が私立高校の保健室の椅子に座っていると、誰が想像するだろう。 父親と現在の理事長は親友で、息子の勇次は家族ぐるみの付き合いでよく可愛がられていた。 秀と勇次は同じ大学の教育学部で学んだが、 卒業した高校に秀が教師として赴任することになったと聞かされた勇次は、そしらぬ顔して裏で手を回し理事長に直接話をつけ、 自分はちゃっかりと保健室の先生の席を手に入れたのだった。 秀夫はもちろん何一つ知らないこと。知ったら驚きもするし怒りもするだろう。 ただでさえ何故勇次のような優秀な人間が、 いくら名門とはいえ、高校の医務室で一日の大半を病んだ学生の話相手になって過ごす道を選んだことを、 それでもいいのかと真剣に意見しようとしたくらいだから(本人は好きな心理学の手法が実践出来ると喜んでいるのだが)。 はっきり言って勇次は自分のキャリアに興味はない。 十代の若者の悩みや、それどころかストレス過多の教師の相談にものる この仕事はなかなか面白くはある。が、どのみち腰かけに過ぎない。 いずれは親の会社を継がねばならない時が来る。それまでしばしの猶予期間を貰っているだけだ。 秀夫とはこれまで通りの気の置けない関係でいたいから、自分の側の事情は何も言わずにいる。 いつかは話すときが来るだろうが、それまでに高校のときから足掛け十年、 大学時代から口説き続けてきたこの相手との信頼をこれまで以上に深めておきたい。 「…何でもない。勇次、お前が心配してるようなことは」 腕のあいだから透かし見た黒目がちの瞳が、勇次の目つきを見てちょっと笑ってみせた。もし相手に迫られたときも、 両手はふさいでおけ、もし手で押し返せば後からそれを理由にされるとの勇次の忠告をうけた秀夫は、 面談の場では資料などを必ず両手に持つようにしている。詳しく言うつもりもないが、 今回はそのバリケードが守ってくれた。 「ーーーちょっと疲れただけだ。職員室に戻るから、あと五分くらい休ませてくれ」 家庭訪問から戻っても、教師にはすることが山と残されている。 「終わるまで待ってるよ」 「いい。あと一時間はかかるぜ」 「待ってる。どこかでメシ食おうぜ。そんでオレんちに泊まれよ」 秀夫が一瞬呼吸を止めた。勇次も一人暮らしだが、学校には秀夫のアパートよりもずいぶん近い。 「…駄目だ」 一度、キス以上のことを進められかけたのを気にしているらしい。勇次は苦笑して身を起こす。 「あれは悪かった。もうしないから、安心してくれ。それよりもオレはお前の体が心配なんだ」 寝せないと帰ってからも仕事してしまう無茶ぶりを、誰かが止めてやる必要があるのだ。 というのは、半分は建前ではあったけれど。 「これでもオレは保健の先生だからな。JKだけじゃなく学校全体の健康に留意する役目があるの」 「…どうだか」 この保健室に、学生が出入りするあいだはまったく足を向けない秀夫が笑ってため息をつく。 「そうだな。じゃ、あと一時間待ってくれ」 ゆっくり身を起こすとジャケットの皺を伸ばし、ベッドから降りる。勇次は思わず手を伸ばすと、 ネクタイに触れた。 「歪んでるぜ」 「ん」 そして髪の乱れを軽く治してやった。秀夫がじっと前髪の隙間から勇次のことを見つめる。 その視線に気づいて勇次が目を上げる前に、ツイと軽い風を起こした。 「!」 温かな血の通った唇同士が軽く触れ、勇次の目が見開かれる。秀夫はさっと身を引いたが、 自分のしたことに自らも驚いたらしく、黒目がちの大きな瞳を見開いたまま硬直していた。 「・・・ーーーひ」 「じゃ、じゃあ後でっ」 呆然と立ち尽くしているうちに、秀夫は脱兎のごとく医務室を駆け去っていった。 学校で走るなと日ごろ生徒たちに怒鳴っているくせに。 走り去る靴音にやがて我に返った勇次は、キスされたばかりの口元に指で触れながら、ちょっと照れ隠しにくすくす笑った。 了 ● 修学旅行 ● 『露天風呂の日』にちなんで書いてみました。 ************** 「はー。こうしてると溜まった疲労が湯に溶け出してくみたいだな・・・。なぁ、秀夫」 「・・・。お前に疲労なんか溜まってるのか?ってか何でお前が俺の横で温泉に浸かってんだよ?」 「あーー。露天風呂なんて何年ぶりだろ?そうだ、たしか大学んとき田中先輩の車で行ったことあったよな、 覚えてるか秀夫?ま、あれは先輩の方向音痴で海に行くはずがなぜか山奥で迷っててたまたま行き着いたんだっけ。 あれこそホンモノの秘湯だったなあ・・・」 長々と想い出話に浸ろうとする勇次を、秀夫は温泉の湯をピシャリと浴びせてやることで遮った。 「ごまかすな。だからな・ん・でっ、保健室の先生が修学旅行先にまで付いて来てるんだ、 ってさっきからずっと訊いてんだよ俺は!」 「ちぇっ、、手荒だなぁ相変わらず。鼻に入ったら痛いだろ」 「知るか!!!第一お前がここに居るってことはだよ、 学校で残ってる一年と三年の全校生徒たちはどうなるんだよ?困るに決まってんだろ!!?」 心優しく正義感に溢れた数学の先生およびクラス担任の村上秀夫は、 高校からの腐れ縁でそのうえ母校に揃って教諭として赴任してきた山田を、さっきから責めているのだ。 が、この厚かましくもいつも余裕がある態度を崩さないイケメン保健医は、 校長からの認可は下りてるとかなんとか生返事をしてばかり。 生徒の上がった後の露天風呂にようやく浸かって、人心地ついたばかりの秀夫の隣に滑り込んできたのだった。 秀夫とは違うクラスのバスに紛れて乗り込んでいたらしい。 「よう、おつかれ」とザブンと水音を立ててニンマリと笑った男を見上げて、 口が利けないほどに驚いてから20分くらい、二人は同じような会話をしながら自分たち以外無人の夜の露天風呂に浸かっている。 「お、流れ星見たっ!秀夫も見えた?」 「・・・・・」 「すげぇな、やっぱり少しでも空気の澄んだ高い所に来れば、このくらい星がたくさん見えるもんなんだな・・・」 「勇・・おまえ」 「ん?」 横目で睨む秀夫の視線を、超絶リラックスして湯を滴らせた艶かしい笑顔が受け止める。と思ったら、フッと一瞬だけ真顔になり、 「露天風呂付きの修学旅行なんて聞いてなかったら来なかったぞオレも。お前の裸を他の男共に見せてやるわけにはいかねぇからな」 「〜〜〜〜!!!!ばっ・・・・馬鹿かっ!お前は?!!おっ・・お前とほ、他の男を一緒にすんじゃねえ!!」 見る間に茹でダコのていで全身赤くなったのは、露天風呂にしてはやや熱すぎる湯温のせいだけでもなかったようだ。 ザバッと思わず湯の中で立ち上がり食ってかかった秀夫は、 次の瞬間目の前がくらりとした。勇次の顔が反転したと思ったら、 そのまま目はなぜか満点の星空を見ていた。 「えっ・・・おい!?秀夫!!?」 バシャリと激しい水音と珍しく慌てた秘密の恋人の声を聞きながら、 秀夫の意識は後頭部から何かに引き込まれるように遠のいていった・・・・・ トントン! 「はい!就寝前点呼の時間ですよっ!室長、ここの生徒は全員揃ってますね!?」 「アレ?田中先生?なんでー?秀夫ちゃんは来ねえの?」 「コラッ!あんたたち仮にも先生を秀夫ちゃん呼ばわりするなんて不届きにも程がありますよっ。ちゃんと村上先生とお呼びなさい!」 「はぇぇーーい。ま、それはいいけど秀・・じゃない村上先生なんで来ないんすかぁ?」 「仕方ないでしょ、わたしも好きでこんな代役・・いえ失礼。 村上先生はあなたがた全員を何とか露天風呂から追い出したあとで、やっとご自分が入ったらしいんですが、 湯あたりで貧血を起こして倒れてしまったとのことです」 「ダッセェーwww 」 「さすが秀夫ちゃんはやることぜんぶカワイイんだからハァハァ…←」 「先生とお呼びなさい、先生と!」 「うぃーす。でもさ、それで秀・・・村上先生どうなったっすか?」 「たまたまお風呂に居合わせた山田先生が保護したそうですよ。 すぐ先生のお部屋に運び込まれていま手当てを受けているそうですからご安心なさい。 ほら!あなたたちももう就寝!!(パンパン!)」 「・・・お前それ・・、手当てのつもりか・・・?」 「ほらほら、まだ力入らねぇだろ。いいから大人しく休んでろよ(ニッコリ) 明日も餓鬼どもの引率で大忙しなんだ。 オレに任せておけばちゃあんとケアしてやるから・・・(チュッ)」 修学旅行の旅程はまだまだ終わりません? (次の日に続く) ************** 「・・・そうしてると本物のヤクザにしか見えないな」 「そうか〜?こんなに頼れそうな引率の先生なんていねぇと思うよ」 「どこの世界に白スーツにレイバンのグラサンかけた教師がいるんだよっ」 「ここに・・・」 秋口といえど日中はまだ蒸し暑いというのに、ダークカラーのネクタイまでぴしっと締めたムダに美男過ぎる保健医は、 とうてい堅気には見えない。しかしJKたちからの反響はものすごく、 今回の修学旅行の全体責任者を務める秀夫の知らないうちに勝手に付いてきた山田勇次は、 観光地を一緒に歩きたいホスト・・・もとい引率の先生として、 生徒たちからは絶大なる支持をもって迎え入れられたのだった。 今朝の朝食の時点で、山田先生がどのバスに乗るかでクラス間の争奪戦が起こり、 ふたりの大学の先輩でもある田中先生がヒステリーを起こしつつ、くじ引きで順番を決めさせたほどだ。 「・・・ま、いっか・・・。たしかにそんな教師が付いてて周辺に睨み利かせててくれたら、 おかしな連中がうちの生徒にちょっかい出してきたり出来ねぇだろうし」 「そうだろ(^^) な、やっぱりオレがいて良かったってほんとはお前も思うだろ、秀夫?」 「・・・図に乗るんじゃねぇよっ」 ゆうべ露天風呂にいきなり現れた恋人の姿をみて、張り詰めた緊張と溜まった疲れとが一気に緩んだのか、 秀夫は脳震盪を起こして風呂場で意識を失ってしまった。 それを抱きかかえて浴衣にくるみ、即座に自分の部屋に運び込んだのはもちろんこの男だった。 居なければ倒れていなかったのか、それともひとり温泉でぷかぷか浮いてるのを、 後で中居さんに発見されて大騒動になったかは、いまとなっては秀夫にも分からない。 が、手当と言うには手厚すぎる余計なマッサージケア(全身。それも勇次まで全身を使っていた)の所為か、 今朝は体の疲れと一緒に、重責による精神的なストレスや不安までもきれいさっぱりなくなっていたことは、 悔しいから絶対に口に出したくはない。 結局、勇次の部屋に泊まった翌朝、まるで教師らしからぬ姿をみて一瞬ドン引きした秀夫が勇次と交わしたのが、 ここまでの会話である。このぬけぬけとオレ様な性格ながら確かにいざという時に頼りにはなる男が、 今日からの旅程で視界の隅に必ずいる。そう思うだけで昨日よりもグッと気持ちが軽くなっているのは、 自分にだけ認めていることだ。 「付いてきたからには、お前にもしっかり引率以外の見回りとか色々役を割り当ててやるから、そのつもりでいろよ」 完全な物見遊山のつもりでいるらしい勇次に釘を刺すのも忘れない。 ええー、と案の定、めんどくさそうな抗議の声が上がる。 それを無視して、 朝食前までに山田の名も入れて新たに組みなおした今日のスケジュールと組織表とを、鼻先に突き付けてやった。 「車酔いとか体調崩してる生徒も結構いるから、気を付けてやってくれ。 取り巻きのJKたちを引き連れてちゃらちゃらして愉しんでばっかりじゃ、許さねぇからな」 「ハイハイ分かってます。・・・って、妬いてくれてるのか、ひょっとして?」 麻の軽いジャケットにノーネクタイのシャツを着た秀夫のほっそりした腰を、すかさず抱き寄せて訊ねる。 「バカ云うな。なんで俺が生徒に妬かなきゃいけねぇんだよ」 フンと横を向く頤に片手を添えてこっちを向かせ、勇次がにやりと笑った。 「そのくらいツンとしててくれなきゃ、お前に付きまとう男どもが勘違いすると困る」 どさくさに紛れて秀夫とのツーショット及びいろんなシーンの隠し撮りが、 生徒たち(のみならず教師も)のなかで横行している事実を言っているのだ。 「・・・別にお前のためにしてるんじゃない」 あくまで口では突き放しつつ抱かれている手は振り払わない秀夫に、勇次は肉食獣のような朝のキスで逆襲してやった。 了 ● BL体育祭 ● まだまだ暑いですが、秋晴れのシルバーウィークの始まりですね。 運動会が開催された学校も多いのではないでしょうか。 ************** 高校の体育祭で、教師と父兄が参加する競技種目『借り物競走』に、保健室の山田先生が出場させられるシーンが浮かびました。 村上先生は体育祭運営の主任として大忙しなので、むりやり「お前、俺の代わりに出ろ!」という事になったのです。 (中間は省略しますが)嫌々出たわりにはJKおよびその母たち女性教師たちの大大声援のおかげもあって←、 順調に勝ち進んできた山田先生、ラストの借り物を書いた紙を開くなり、 「・・・・・・・!!!」 ぐるっとグラウンド全体を見回しました。 鋭い視線がごく端っこの方で、酔っ払ったお父さんをなだめている村上先生の姿を捉え、そこをめがけて猛ダッシュ。 「秀夫!!」 いきなり肩を掴んで下の名を呼ばれた村上先生は驚いて振り向きます。 「な!?なんっ…なんですか、ゆ…いや、山田先生!?」 「いいから来い。オレとゴールまで走れ!!」 焦る村上先生の手首を取り「行くぞ、秀夫」と山田先生が言うと、見守る女子たちからキャアアアーと歓声が上がりました。 まるでモーゼの出エジプト記のワンシーンのごとく、二人の進む先から人の波がサーっと割れて道が開けてゆきます。 「ったく、なんなんだよ!勇次っ!何て書いてあったんだ?」 走りながら訊ねますが、いつにない真剣な表情の秘密の恋人は返事するかわりに、 掴んでいた手首からそのまま村上先生の指に、自分のを絡ませてギュッと握り締めるのでした。 ものすごい反響のなか、恥ずかしさもつい忘れるほどの感動が一瞬胸を過ぎり、 村上先生は思わず熱い山田先生の手を握り返して二人そろってゴールのテープを切ったのでした。。。 (この後、生徒たちによってあげられた動画は芸人並の再生回数を博したという) 競技終了後、手のひらに山田先生が残していったお題の紙切れをそっと開けてみると、 「・・・・・・・・」 「村上先生ーーちょっと来てくださーーーーい!!」 「あっ、、、はっハイ!」 慌ててジャージのポケットに握りつぶした紙切れを突っ込み走って行く忙しい先生です。 「あれ?顔が赤いですよ?まさか先生まで熱中症?」 「い、、いえ、だ、大丈夫です(汗)」 お題には『たからもの』って書かれてあったらしいですよ。 了 分館topに戻る
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