恋人がサンタクロース







 村上秀夫(26)は彫金師兼アクセサリー作家だ。 独身だが、今年の四月から遠縁のジャーナリストの一人娘を預かっている。 元々よく遊びに連れて来られて(子守を押し付けられて)いたので、民子も秀夫と一緒に暮らすことを嫌がるどころか、むしろ喜んでいた。
 好奇心旺盛すぎて、しばしば家族や周囲の人々を巻き込み振り回すシングルマザー・加代に付いて海外に行くのはごめんだと、 自らの意志でニ年間離れて過ごすことを決めたしっかり者だが、やはり小学生らしい幼く可愛いところもある。
 その日、秀夫が自室で仕事していると、学校から帰って来てリビングでアニメを観ていた民子が、控えめにドアをノックして顔を覗かせた。
「はい?」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「んー?」
「訊きたいことがあるの。ちょっとだけいい?」
「いいよ(宿題かな)、俺に分かることなら」
 クルリと椅子をまわして快諾され、入ってきた少女が嬉しそうに秀夫の前に立った。
「ありがと!えーとね、ずばり、答えてください」
「はいはい、なんでしょう?(笑)」
「サンタクロースってほんとに居るんでしょうか?」
 秀夫は黒目がちの瞳を丸くして一瞬固まった。
「えっっ?・・・えーっと(キタ―――!この禁断の質問)」
「居るよね、秀夫兄ちゃん!」
「ま、まぁ―――それはその―――(焦)」
「まさか居ないの?どっち?」
「ちょ、待てよ!なんでそんなにムキになってんだよ?」
 ストップと両手で制されて、民子が不満げに頬を膨らませる。
「だって。今日クラスで意見が分かれて、いる派といない派でケンカになりかけたんだもん」
「ケンカぁ?そんなことなんかで大袈裟な・・・」
「大袈裟って言った?(キリッ)どこが?小学生にとっては毎年かなり深刻なもんだいなんだよ、コレ」
「う・・・。そっか、だよな。民子ごめん―――」
 母親譲りで自分の意見をしっかり主張する少女に、たじたじの秀夫は素直に謝った。
「まぁいいよ。それじゃさ、お兄ちゃんが私くらいの時、どっち派だったの?」
「・・・。そんなのもう覚えてねぇよ(貧乏だったからプレゼント自体ほとんど貰ったことないし)」
「じゃあ、サンタさんから枕元にプレゼント貰ってた?」
「え?いやぁ・・・特に欲しいものがないから俺はいらないですって、先に言ってたしなぁ」
 回顧するような呟きに、ぴくんと民子が反応する。
「言った?誰に?サンタさんに?」
「(ぎくっ)う、うん、まぁ」
「どうやって?サンタクロースと会話出来るの?」
「えっと、会話っていうかその、その・・・空を見上げて話しかけるだけだよ(母さんに聞かせる為なんだけど・・・)」
「なるほどー!空に向かって話しかければサンタさんにちゃんと届くんだ!!明日みんなに言わなきゃ(興奮)」
「待てよ、それはあくまで俺がやってたことで―――」
 民子は天井を見上げていた顔を秀夫に戻して、真顔で言った。
「でもそれって、お兄ちゃんがサンタさんを信じてたからでしょ?」
「そ、それはっ(手ごわい!)」
「じゃあ、お兄ちゃんも私と同じ "いる派" ってことでいいよね!ねっ!」
 詰め寄られて、微苦笑を返すしかない。たしかに子どもの頃の自分も、真剣にサンタについて考えたことがある。 図書館の本で知ったサンタクロースが、たった一晩で世界中の家を回れるはずがないと冷静に思った。 ましてや煙突はおろか一軒家でもない、古いアパートの一階に子どもがいるのをサンタが気づかなくても仕方がない。 来なくても寂しくないアピールをしたのは、母のためというよりもどこか自分自身のためだった気がする。
(それってやっぱりサンタを信じてたってことなのか―――?)
「お兄ちゃん?どうかした?」
「ん?何でもないよ。―――ところであいつには訊いてみたのか?」
「あいつ?あいつって?」
「ゆぅ…じゃない、山田」
 民子が眉をしかめて腕組みした。
「ダメだよ、お兄ちゃん。山田先生って呼ばなきゃ。担任の先生に失礼でしょ!」
「ふん(アヒル口を尖らせて横を向く)、先生って柄かよ、あいつが」
「何言ってんの、失礼だよ!友達だからって扱い雑なんだから。山田先生、優しいし面白いし超人気があるんだよ〜(#^^#)」
「はいはい、すごいね!それで?山田センセーはなんて?」
 日頃のあの男の性格からみて、『いない』とクールに切って捨てる場面が容易に想像できる。 だがそうなるとどちらか一方側のえこひいきみたくなるだろう。立場的に答えて大丈夫なのだろうか。 教師の立ち位置からどう答えたのか、秀夫は純粋な興味が湧いた。
「もちろんいるよ、だって」
 民子の答えはあっさりしていた。さすがは先生分かってる、と一人で納得して頷きつつ。
「えっ!いるって言ったのか!(意外だ)」
「うん。でもその後で先生、付け加えてた」
「なにを?」
「サンタクロースはちゃんといる。ただ、みんなが想像しているあの赤い服の太った姿とは、少し違うかもしれないけどなって」
「・・・」
「そしたら、いない派のグループの女子が急に泣き出したの!」
 思いもよらない展開に秀夫は完全に惹きこまれた。
「えっ!?まさか、いるって言われて怒った?」
「さぁ、でもたぶん違うと思う。だってその子泣きながら、『そうだね、ありがと先生』って言ったんだよ」
「――――・・・」
 秀夫はつい前のめりになっていた腰の位置を、いつもの背もたれに戻す。民子が首を傾げて問うた。
「どういう意味?お兄ちゃん、わかる?」
「・・・ん―――。・・・いや、ごめん。俺にもよくわかんねぇや」
「ふぅん」
「でもその子がありがとうって言ったんなら、山田…先生の答えが、いない派の子にもちょっとは通じたってこと―――かもな?」
 言葉を選びつつの秀夫の答えに、民子がパッと笑顔になる。
「うん、そうだね!エーッてなんか言いたそうな男子もいたけど、 先生がクリスマス・イブだからみんな早く帰ろうぜって言って、帰りの会を終わらせちゃった」
 仕事時には外さないという伊達眼鏡の奥で笑う、切れ長の目元をつい思い浮かべてしまう秀夫だ。
「無理やりまとめやがって。ま、とりあえず良かったな。―――それじゃ、民子」
「なあに?」
「俺たちもサンタクロースが来る前に、パーティの準備はじめようか?」
「うん!!!」


 夜八時ジャストに、マンションのインターホンが鳴った。
「は―――い」
 玄関に駆けだす民子。飛びつくようにドアを開けると、ケーキの大きな箱を抱えた黒いコートの超イケメンが微笑んで立っていた。
「わーい!いらっしゃい先生!!」
「こんばんわ、長谷川さん」
「もうっ。先生ってば、うちに来たら下の名前で呼んでっていつも言ってるじゃん!」
 抗議に笑いながら箱を少女に渡し、軽く雪を払って中に入る。 ちなみに彫金師に頼まれ自宅に保管しておいたプレゼントは、夜中まで車の中に隠してあるのだ。
 すっかり準備が整い、後はゲストを待つだけの温かいリビングに向かうと、 家主はこっちに背を向けて熱心に鍋の中身を掻き回している。 背後の騒ぎなど聞こえていないふりして、ビーフシチューの味見をしているところだ。
「お、いい匂い」
 色とりどりのライトが点滅するクリスマスツリーを大股で横切り、コートを脱ぐ前に背後から覗き込む。 差し入れのワインのボトルと共にどさくさに抱き寄せられ、秀夫がちらと横目で睨む。
 その視線を甘く受け止めて、山田先生こと勇次は、秘密の恋人の耳元にささやいた。
「メリークリスマス!」


〜♪ Tonight my Santa Claus will knock, Right at the stroke of eight.〜♪

【song by Yumi Matsutouya】



《END》





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