通学電車
高校生のころ、電車通学で地元の後輩をよく起こしてた。 公立中学に行ってたら同じ学校になるはずだったけど、オレは私立に行ってたから、 そいつとは同じ小学校出身の友人を介して知り合った。オレが高一、村上が中二の時だ。 男にしちゃえらく可愛い顔してんなと第一印象はそんな軽い驚きだった。 が、住んでる社宅が同じとはいえ年上への口の利き方と態度のあまりの悪さに、二度驚かされた。 面だけ見て勝手に油断したオレもオレだが。 あいつは昔からあんなだよ、と気のいい左門は笑ってた。途中で両親が離婚して、いまは父子家庭らしい。 今どき特に珍しい事情でもないが、兄妹を連れて家を出ようとした母親に、村上は土壇場で行かないと宣言したそうだ。 親父がひとりで飯を食うのを想像するのが嫌だからと言って。 もちろん、本人の口からでなく同じ会社勤めの父親同士の会話で聞き知った真相らしい。 それを左門に聞かされて、オレのなかでも口数少なくて無愛想な村上の印象が変化した。 うちも母子家庭だが、やり手の実業家ながら裏では寂しがり屋の母親に対してオレが思ってることと、ほぼ同じだったからだ。 じっくり話せばきっと話が合いそうだなとは思っていたものの、左門んの誘いでたまに一緒に遊ぶことはあっても、 サシで会話する機会がないまま二年が過ぎた。 村上がうちの高校に入学した。始発駅から先に乗ってきて眠りこける制服姿を見た時には驚いた。 なんだこいつは。志望校を訊いたときうちを目指してるなんて言わなかったくせに。 降りる駅が近づいても一向に目を覚さないから見てるこっちがハラハラする。 結局叩き起こして、訳わからんといった寝ぼけ顔でぼんやりしてる村上を引きずって降車した。 思えば初日のそれで、すっかりこいつに当てにされちまったんだろうな・・・ その調子で大学の受験日まで寝てたから驚いたが。 ちなみにその日同じ時刻に同じ電車に乗ったのは、 大学までオレの後について来た(しかもまたしてもギリギリまで何も言わないうちに勝手に)こいつの本願が叶うようにとの、 ささやかな縁起担ぎの為だった。 そんなこんなで。大学卒業してからも未だに付き合いは続いてる。 というよりも。 回りくどい話はよそう。大学から住んでいたアパートから職場が遠いと珍しく愚痴ってきた村上に、うっかり口を滑らせたのはオレだ。 「・・・ウチ来るか?その方がかなり近いぞ」 あん時の初めて見るような秀夫の表情を、今でもふと思い出す。 酒に酔ってたと言い訳してみても、なんだかんだで一年経った現在でもひとつ屋根の下に暮らしてるんだから、 いい加減認めるしかないんだろう。 こいつが可愛いってこと。それから下の名前で呼んでいいと、一緒に住む際に真っ赤になりながらこいつが口走ったことの真意も。 介してた左門の方がむしろ疎遠になってしまった。 縁とは不思議だなと、今朝も寝汚い秀夫を叩き起こしながらつくづく思う。 了
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