この回、秀の豊かな(手まめな)食生活が披露されました。 文句いいながらちゃんと加代にご飯分けてやる優しさよ・・・。しかし一食でどんだけ食う気?
 鉄鍋を毎回素手でアチアチいいながら運ぶ、学習する気のない生き物可愛すぎです!!



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「ねぇ秀さん…」
「煩ぇ。その猫撫で声は聞き飽きたぜ。出てけ」
「話くらい聞いてよ。秀さんの稼ぎになる話なんだよぅ」
 浄雲寺の一件以来暫くしおらしくしていた加代が、またぞろ何か持ち掛けて来た。
 聞く気もないのに居座って勝手に喋って行ったその稼ぎとやらは、 いつぞや三味線屋で鉢合わせした芸者から簪を頼みたいとの依頼らしい。 懐に転がり込んで来た怪しい金を使ってめかしこんだ加代の新品の簪に目を留めていたのは、 目当ての色男ではなく恋敵の方というこの皮肉。
「あいつら何だってフラれもん同士で通じてんだ?」
 性懲りもなく勇次を訪ねた折り、芸者からの伝言として簪の注文を勝手に引き受けてきた加代の代わりに、 出来た同じような品を三味線屋に届けに来た秀が訊ねる。
「オレが知るかよ。遭ってすぐから猫みてぇにやり合ってたが気が合ったんじゃねえか」
 作業の手を休めないまま気の無い様子で淡々と答える色男を、秀はじろりと見た。 転んでもタダでは起きぬ加代のこと。簪の代金に三分払うと言ってはきたが、 おそらく芸者には多少上乗せした額を言ってピンハネしてるに違いない。
 しかし今回、意中の勇次が端唄を教えに通っていた多平夫婦を惨死させた悔恨から、 らしくない程に萎れて夜中にすすり泣く声まで聞いてしまったからには、加代に剣突を喰らわせる気も失せていた。
 勇次は多平夫婦について加代にも何も言わないようだ。むしろ今までとまるで変わらぬ態度こそが、 あのおっちょこちょいへの最も手痛い仕置きになっているのだと、冷たい横顔を盗み見ながら秀は思った。
「ま、いいや。ここに置いとくぜ」
「わざわざ悪いな。代金は加代から貰ってくれ」
 つれなくしても突き放しはしないという事か。踵を返した秀は、上がり口の端に新品の草履が二つ並んでいるのに気づいた。 形は同じだが鼻緒の色が異なる。
「草履屋も始める気かい」
 フッと笑って勇次が秀を見た。
「良けりゃどっちか持って行きな」
「いいのか?―――じゃ、遠慮なく」
 仲間たちより一両余分にせしめた仕事料もこの通り、師匠への貢物に化けてしまう。 三味線屋相手にやきもきする加代と同様、主水も当分端唄で泣く羽目になりそうだ。






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