「薄気味悪ぃな。どうせまた何か魂胆があるんだろ」 「もう何よ!あたしだってね、こないだの事じゃ勇さんにはホント感謝してんだからぁ」 一見すると見目好い男女が昼間からいちゃついている様子でいながら、色気から程遠い会話を交わしつつ心太を啜っているのは、勇次と加代だ。 店の外にまで聞こえる騒々しい声に気づいて、通りすがりの若い職人がパッと顔を覗かせるなり乱暴に声を掛けた。 「おい加代!こないだおめぇの寄越した惣菜はなんだ!しょっぱいは焦げ臭いわで食えたもんじゃなかったぞ!」 「あーらそぉ?心をこめて作ったつもりなんだけどなぁ」 澄まし顔で振り返った加代は、秀の悪態などいつもの挨拶代わりとばかりに鼻先であしらっている。 相変わらず仲のいいことで、と丼の中を手繰りつつ勇次は胸の中で呟いた。 先の葉村屋の一件は、加代が強引に金一両を押し付けて勇次を仕事に巻き込んだ。何やら秀の縁談にまつわる因縁らしい。 しかし勇次は詳しい事情を説明しに来た加代を遮り、要らねぇと制したのだ。 あいつの事情なんか自分には関係ない。聞いたところで下手に気が滅入るだけだ。 井筒屋の仙八にとどめを刺す瞬間、抑えきれずに上げた秀の短い雄たけび一つを聞けば、それで充分だった。 (でもまあ、良かったじゃねぇか。元気になったみてぇでよ) 「まあまあ。失敗作のお詫びに、今日は加代さんがあんたにも心太おごってやるっつってんのよ。座りな、秀」 陽気に誘いかける加代にまんざらでもない様子で中に入ってきた秀だが、 店内を仕切る掛け簾の向こう側にもう一人裏の仲間が居たことに気づいたらしい。 わずかの沈黙があって、ドスンと加代の隣に座る音がした。 勇次は見向きもしないでいたが、ふと簾ごしに人の体温を感じた。横目だけで見やると、 「……ありがとよ」 こっちに背を向けたまま、傷だらけの獣みたいな簪屋がぶっきらぼうに呟いたのが、熱い風のように耳を掠めていった。 了
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