一度観た事のあるお話でした。 三の糸で即席糸電話を使う勇次のことを思い出して、前回記事に書きましたが、正しくは十五話の次の回だったんですね。

 加代の閉じ込められた蔵の明り取りから、鋭い金属の棒を弓矢のように糸で飛ばすという。 勇次が昼間に色々考えて準備したんですね。吊り技から力学的応用とはこのイケメン何者なんですか? 棒が突き刺さった太鼓の皮の振動で会話が可能だなんて、科学的発想すぎる。 勇さんのお手柄談として順之介にも聞かせてやりたいぞ。
 それにしても、制作陣営のエンタメ効果を狙った面白アイテムのネタ出しと試行錯誤に感心しました。 でも下手するとギャグになりかねないギリギリラインですよね、これは(笑)。 その糸電話するシーンさえシリアスに美しくキメてくれたのは我らがきよし様、 もとい勇さんがホントいい仕事してくれました!!(盛大な拍手)
 このシーン、 捕まった加代が自分の身の処遇について覚悟が出来てる(捕まったからには殺されても仕方ない)点に感心したことも、 公平に付け加えておきます。

 では本編のあらすじから。 自分の始末を頼む女、というところは前回と同じで、引き続き哀しい女の生き方がテーマとして随所で語られます。
「女にとっちゃ、生きにくくて狭い世の中だからねぇ、男と違ってさ」
 いやいやいや。男も結構大変みたいですよ、おりくさーん!八丁堀みたいな下っ端侍は特に(泣)!

 "仏の仁助"の通り名で呼ばれる岡っ引きが、実は裏で隠し女郎屋を営む人でなし。 その鬼に見込まれ操られる情婦・お吉の悲劇。
 岡っ引きにも色々いるようで、十手を嵩にきて賂をせしめたり女を犯したりとチンピラまがいのも少なくなかったそうですね。 この仁助はそれに輪をかけた悪党で、なかなかのイケメンなうえ悪知恵も働くやり手男。 やり口はというと実にきっかけは他愛なく、小間物屋で買物をする女に万引きの罪をきせて連行し、 手籠めにしてから通い女郎になるよう約束させるという。
 綺麗どころをちゃんと選んで罠にかけるあたりがホント悪質。 ふつうレベルの女性が万引きしても「貧しさゆえ」見逃してるので、 八丁堀は「さすが仏の仁助だな」と最初は感心する。
 そんなちょろい手口で一般人の女性たちをいいように陥れられるのか!と愕然としますが。 当世における十手の効果は絶大で、袖に勝手に押し込まれてしまった値札付きの品を知らないと幾ら言っても、 証拠があるの一言でまったく言い分など聞いて貰えない。 作中おりくが云うように、連行されて体を穢されてしまえば、 もう二重のショックのあまり被害者の女たちは気弱になって抵抗する気力をうしなってしまうのでしょう。
「またそうなっちまえば、女にとって(生きられる)世間は狭いのさ」
 おりくのセリフは、まさにお吉の転落を言い表すものでした。

 お吉には三年前に将来を言い交わした恋人・徳松がいましたが、 徳松が仕事でよそに行っている間、ほんの出来心で簪を万引きしたところを仁助に捕まり、穢されてしまいます。
 しかもその後仁助の情婦にされ、そのまま隠し女郎屋の女将として女たちを搾取する側になって現在に至る。 強く生きてゆくため、黙って堕ちる道を選んだのでした。
 そんなお吉が簪をあつらえに行ったお気に入りの錺職人・秀のところで、 何も言わずに別れたままの徳松とばったり再会。
 徳松にはもう入り婿の話があって、ふたりが再び結ばれることはないのですが、 素直で正義感あふれる徳松は、事情も詳しく知らぬままにお吉の力になろうと申し出る。 お吉はそれならせめて、たった一日だけでも夫婦(めおと)のふりをして過ごしたいと願い、徳松もそれを快諾するのでした。
 現代のように恋愛結婚が主流になると、 最後の独身生活を私と過ごしてと元カノに言われたからって、それを受け入れる男もなんだかなと引っかかるところがありますが。 この時代は、周囲が決めた(あるいは望まれた)結婚と恋は別もの。 男女とも結婚する前までに心のけじめをつけること自体悪くない、という考えがあったかとちょっと真面目に考察しました。

 さてそこで。この回で話に複雑さを加えるのが、悪役仁助の悋気。
 仁助はクズ中のクズなんですが、自分の悪を認めていて、むしろ真っ当な生き方をしている人の世を斜に見ている。 お吉に対しては、悪の道を仕込んだ自分の女としての一蓮托生的な執着があります。
 かつての恋人に未練を残しているお吉を探り、ふたりの仲を裂こうと画策した上に、 善人の徳松から搾取して生き地獄に堕とすえぐい陰謀を思いつく。
 仁助からお吉の秘密(隠し女郎屋の女将)を知らされ、 「女から絞った金で買ったものなんか要らねぇ!」と、秀特製のギフトも投げ捨てる徳松。 いやお吉の話も聞いてやれよ・・・と言いたいところだが、 仏の仁助親分に言われちゃ丸のみに信じ込んでしまうのも無理はない。 この河原での徳松とお吉のやりとりは、男と女の考え方の違いや世間の目の厳しさが浮き彫りにされ、 ふたりの切実な熱演も素晴らしくてどっちも可哀想でした。
 その様子を隠れて見ていた仁助。受け取って貰えなかった新妻へのお祝いの簪を、 泣き崩れるお吉の髪に無造作に挿してやる(ここちょっと萌えた)シーンまでの流れが秀逸。
「今さら別れた男とどんな夢が見たかったんだ?傷つくだけだ。おれたちはおれたち、 あいつらとは生きてる世の中が違うんだ。おめぇはもう向こうへは戻れないんだよ・・・」
↑ 関係ないけど、こうゆうセリフを悪い三味線屋が秀に言って口説いてくれたら最高と思いませんか!?ハァハァ…

(落ち着け)・・・脱線失礼しました。
 さて悪魔の囁きによって、徳松への報われぬ愛が憎しみへと変わるお吉。黙って堕ちたと、 これまでの辛苦の生き方をなじられ否定されて、悪女へと開き直るお吉の目がいい。
 しかし、ちょっとした意趣返しのつもりで仁助の企みに乗ったが思わぬ最悪な悲劇を生む結果となって、 お吉は自分の素性を知られてしまった秀に、仕事人を探して貰えないかと頼むのでした―――。

 人物造形がしっかりしてよく練られたシナリオというと何様ですが、とっても納得のいく内容でした。
 仕事料の受け渡し(八丁堀の投げた小判を片手でキャッチするコンビネーションが可愛い)の間際になって、 お吉の依頼の意図を八丁堀から知らされ驚愕する秀。 そのときの八丁堀の突き放したセリフが、仕事人としての厳しい自覚を秀に促していて、 苛立ち苦悩しながらも秀は仕事に駆け出す。
 そしていざという時にも一瞬の迷いが生じる秀に対して、
「秀」
一言だけ言って背を向ける八丁堀(表情には厳しいなかにも慈しみがあった)!!
 仁助んちにやって来て軽いノリで頼みごとをし、どんな頼みですかと問われた八の言い放つ一言、
「死んでもれぇてぇ」
 ギャーーーーー!がごいいいいいオッサーーーン!!この仕事シーンには心底痺れました。 このセリフ回し、瞬殺どれをとっても完ぺき。
 秀の簪の用い方もたまらなく切ないが、哀れなお吉への精一杯の秀の優しさが込められていたと思います。(号泣)

 どん底に救いのない話でしたが(どれもですが)、秀と勇次は言わずもがな映像の美しさ演出やセリフなどに、 小ネタ的な萌えも散見されました。
 仁吉がお吉にやらせている出会い茶屋の『恋川』について、「あんた知ってるかい?」と母に振られた勇次が即答。
「ああ、あれは隠し女郎屋だ。ホラ、素人の女房や娘が売り物の」
 いや、ホラと言われても知らんがな。ってか何でそんな裏情報知ってる!?(もうお試し済み?) その手の話をすぐ息子に訊ねるおりくさんもおりくさんですね(笑)。んもーこの親子、底が知れなくて好きすぎる!

 一方、八丁堀に言われて恋川を探りにゆく秀は、出会い頭に女将のお吉とばったり会って、堀端で会話。
「あそこがどんな場所か知ってて来たのかい?」
 この秀さんがそんな場所に用があるはずない、と危ぶむ一言。
「女、買えんだろ」
 はにかみつつ訳知り顔で答える秀が可愛くていとおしくて、 お吉でなくてもここの利用は全力で止めたろうなと思いました(心からの微笑)。

 思い出したところから書いてたら、話しがあっちこっちに飛んでしまいました。読みづらくてすみません。 今回も沢山お亡くなりになりましたが、秀が隠れメインの切なくていいお話でした。お吉よやすらかに。合掌。
 勇秀の絡みはほぼなかったので、後日談ねつ造しました。秀がちょっと女々しいかも。


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「ああしててお客には結構いい顔するんだよ」
 団扇を盛大に使いながら、三味線屋の上がりかまちに臀を据えた加代が開けっ広げに語る。
「こないだもさ、姐さん若くてまだまだ綺麗だからどんな簪でも似合う、なんてあたしより年増によっく言うわ」
「お世辞かどうかは分からないよ。あの秀さんのことだ。心にも無いことは口先だけでもそう出てこないんじゃないのかねぇ」
 せっせと手を動かしながらふたりの会話を聞き流していた勇次は、おやと思う。 自分にとっては嫌味で煙たい存在の二本差しは別として、あの愛想なしの錺職人に対しても母が認めるような言い方をするとは。
 例の仏の仁助の悪行が白日の元に曝された後、事件を担当した八丁堀の話で、回収したお吉の遺体から簪が消えていたと聞いた。 別れた男の婚礼祝いにと秀に注文した新妻への簪は、受け取られないままにお吉自身の死化粧のあしらいとなった。
 その簪を髪から抜いてお吉に引導を渡した秀は、あれ以来家に引きこもっているらしい。
「いつもそうだよ、あいつってば引きずるの」
 加代の話を聞いた翌日、出稽古の帰りに訪ねてみることにした。
 歓迎されないのは承知の上で。何でそんな気になったのかは勇次自身にも分からない。 が、見れば辛いと分かっていてそんなものを持ち帰ってどうしようというのか。 今回の秀の始末のつけ方を八丁堀から聞いた後には、気になりだすと他のことが手につかなかったのだ。
 顔を見るなり秀は一瞬ムッとした表情を浮かべたが、意外にも追い返しはしなかった。 無言で作りかけの細工に戻る。傍らには例の簪。
「新しいやつかい?」
 黙ったまま下を向いて手を動かしていた。しばらくしてポツリと呟く。
「春と秋の花のは前にあつらえてくれたから、今度は夏の花で作るんだ」
 持ち帰ったものにあらたな一本を足して、これから仏に供えに行くと言った。
「じゃあ、オレにもつき合わせてくれ」
 断られるかと思いきや、秀は返事の代わりに目の高さに持ち上げた簪ごし、勇次を見つめた。 その黒目がちの瞳は、今日の梅雨空のように淡く煙って見えた。



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