名言の宝庫みたいな回でした。
ある夜、裏の仕事を終えた勇次が、荒れ寺でひとり三味線をかき鳴らす母を迎えに行き「・・・終わりましたよ」の一言。 たまに出る丁寧語が母への深い敬愛を示すようで、キュンと胸の琴線を弾かれます(私が)。 おりくさん、江戸に戻ってきて裏の仕事を手掛けたその後、 「一度きり」という当初の決意はまだ揺らいでいなかったんですね。 でもこうして息子の仕事が済むのを、自分も近くにいて待っている、と。 たった今どこからともなく響いてきた、哀しき三味線の音色を聴くまでは―――。 「ごめんよ。あんたまでどっぷりと血の匂いの中に引きずり込んでしまって」 「おっかさんらしくねぇな。後ろを振り返ったときがオレたちの最後だって、いつも言ってるじゃねぇか」 ふだんからそんな会話をしてるんですね、やっぱり・・・。 この二人の日常がもっとも仲間内では修羅に近い気がします。それでも、 「最後にするにはまだ早すぎるぜ」 と付け加える勇次の、否定しない寄り添い方がこれまた尊死。 後日、三味線の修理を頼みに来たお夕という女が、あの晩聴こえた音の弾き手だと、 おりくは預かった品を試し弾きした時点で見抜きました。 「三味線に持つ人の心が映る」 お夕のいる前で口にしたさりげない言葉が、最後の仕事依頼につながる伏線になっているんですね。これだけでもう深い・・・。 それにしてもお夕の、この世のすべての不幸を独り占めしているかのような態度と煮え切らない言動には、 だんだんイラッとしてきました(笑)。 お夕を囲っている与力・藤枝のすけべ煽り文句を引用すると、 “イヤよイヤよも好きのうち”みたいな媚態があって、不幸な回想シーンを見てもあまり同情が湧かないんですよ。 妓楼の主の罪をかぶって島流しになった吉五郎に女郎時代からあれほど守られていながら、 幸薄い己の姿にどこか酔ってるというか。 将来を約束して別れた女が権力者の情婦になっていると知り、命がけで島抜けしてきた吉五郎。 正攻法では会えず、追い込まれて人質をとって長屋に立てこもり、お夕と会わせろと交換条件を出し籠城する。 めちゃくちゃ傷ついてただろうなぁ。真相も知らされないまま、当の女は自分の意志で会いに行かない。 行きかけたけど逃げ帰る。 そうこう時間稼ぎしてるうちに主と与力の間で陰謀がまとまり、 吉五郎は脱獄囚として町方に包囲され、問答無用で藤枝に一刀両断ジ・エンド。 お夕の証言があればすべてが逆転したのに、やはりわが身可愛さで見殺しにしてしまいました。 女の深い業と心の迷宮。 おりくのセリフにもあった「どうすることもできない魔性」が、自分も他人も負の連鎖に巻き込んでしまう。 そんな女の哀しみを知り尽くしたおりくだからこそ、お夕に入れ込んで再び仕事人に戻ることを決意します。 勇さんも、説明のつかない女の性(さが)については"経験上"よぉく理解しているとみえ、 粛々と母のサポートに回っておりますね。余計なことを一切言わないのが、さすが手練れ(何の?)。 今回は加代ですら「女ってかなしいねぇ」なんて利いた風なことを言ってるくらいですが、 約一名、まったくもって弁解の余地なし、とお夕の闇を理解しないヤツがおりました。 「いったいお夕ってのはどーゆう女なんだ?男が命がけで島抜けしても出てきもしやしねぇじゃねーか」 ぐわあああ――――・・・まっっったく同調してないド正論、待ってました!!! 一応これも今回の名言の一つとして加えておこうか! しかし真っすぐなハートの男前がここで何かいうと、 これまでのお話の論調というか哀調がずれていってしまうのよ。分かるかな、秀? 加代の「女って」発言に対する、 「お前が言うとな、ちっともかなしく聞こえねぇんだよ」 も次点として名言入りさせておきましょう(腹筋崩壊)!これって加代に八つ当たりしてるだけですよね。 でも秀は、吉五郎のひたすら一途な心が踏みにじられたことを憤慨してるわけですから、間違いなく仲間内で一番優しい。 裏の世界に生きていながら人としてまともな感覚で怒ったり悲しんだり出来るって、なかなか難しいのではないでしょうか。 こういうストレートな言葉には仲間たちも内心で救われてるんでは・・・とホッコリしました。 八丁堀も漢気をみせています。たまにはマジ顔で納得いかない八丁堀を見たいし、 自分からすすんで裏の仕事する(まあ表もだけど)やる気のあるとこも見せて欲しい。 田中様はどこまでも自分のキャリアにしか興味がない忖度の権化のような上司。 こんな人のほうが出世してしまうのも、哀しいかな時代を問わない厳しい現実。 が、吉五郎が捕縛でなく問答無用で斬り殺されたことが、どうしても引っかかる八丁堀。 ひとり苦い酒を呑んだ帰り道、待ち伏せしていた加代との会話に珍しくも本音が滲む。 お夕と叫んだ吉五郎の最期の目が忘れられず、 「あの目にはおれたちがとっくのとおに忘れちまった何かがあったぜ」 と呟く。完全に忘れてしまっていないから、こんな世間のドブ攫いのような裏稼業を続けているのではないですか? 画面に向かってそっと話しかけたくなりました。 さて、お夕からおりくを通じて裏の仕事が全員に依頼されます。 秀は終始無言のまま仕事だけはしております(笑)。 標的の屋敷でのシーン、仕事の前に勇次がちらと視線を上に向けると、秀が屋根に潜んでいる。 秀がその視線に気づきふたりが見つめ合う。そこで呼吸を合わせて、なんと障子にあけた小さな穴から、 蝋燭だけ狙う三の糸!!! たしかこれまでの回でも、蔵に閉じ込められた加代とのまさかの糸電話になったりと、 勇次のあやつる仕事道具の機能性汎用性の高さは仕事人随一かもしれません。 これからの糸の可能性にますます期待していまっせ勇さん! (秀に対して使って欲しい件) 終わり方の想像はついてました。 今回のお夕、藤沢周平さんの作品のなかに出てくる女性を髣髴とさせます。 貞淑な武家の妻だったり恵まれたお内儀、一見して望まぬ境遇にある哀しい身の上のような女が、 奥底に秘めた業とか暗い欲望とか情念。 これらをひっくるめて本性という言葉が当てはまるのかは分かりませんが、 おりくの言葉のとおり「自分の中に地獄を見てしまった」からには、お夕はああいう決断をするしかなかったのでしょうね。 それと、おりくがまた裏の仕事を通常運転に戻すまでの心理的なエピソードとも思わせる、哀切に満ちた回でもありました。 ―――ということで、これより〆の小話です。ほろ苦い幕切れのお口直しになりますかどうか・・・。 ********************************** 釣り針の先のミミズを取り換えながら、秀は鼻を鳴らして突っぱねた。 「俺は納得いかねぇな」 先だっての島抜けした男が長屋に立てこもり、あげく踏み込んだ町方に斬られた一件についてだ。 その吉五郎は女郎屋の松葉屋で牛太郎をしていたが、当時女郎を折檻死させた主人・勝蔵の身代わりに刑を受けていた。 引き受けた理由、すべては今回の裏の仕事の依頼主である夕という女のためだ。 女郎屋に売られ不遇をかこつお夕を陰ながら庇うなかで、 女を自由にして故郷で二人で暮らす夢を見ての、決死の選択だったという。 しかしお夕は、勝蔵と癒着の関係にある与力・藤枝の囲い者となり、田舎に帰らず江戸に居続けていた。 噂を聞き矢も楯もたまらず島抜けして真相を知ろうとした吉五郎は、極悪人扱いのまま問答無用で討取られたのだ。 己の無実と女の名を叫びながら。 秀は最初からこのお夕という女が気に食わなかった。 自分のために命を賭した男をあたら見殺しにしておきながら、最後は仕事人に藤枝らのみならず己の始末までをも依頼した。 そんな遠回しなことをするくらいなら、なぜ命がけで吉五郎に会いに行かなかったのだ、と。 珍しく仕事の後味の悪さをぶちまけた錺師の隣で、釣り糸を垂れている三味線屋はしばらく黙っていたが、 やがてポツリと呟いた。 「・・・会いたくとも会えなかったんじゃねぇかな。自分は悪魔になったとおふくろには話したらしいからな」 それを聞くなり秀は、勇次の白い横顔にキッと責めるような目を向け、吐き捨てた。 「だからそれが独りよがりだってんだよ。 悪魔がなんだろーが、吉五郎はどんな女でも一目会いたかったはずだ。てめぇの恥がなんだ!」 乱暴なしぐさで竿を振った。しばらくして秀はふと頬の辺りに視線を感じ、渋面のまま訊いた。 「――おい、何じろじろ見てんだよ」 釣りを教えると誘ったほうが、自分の竿もおざなりにして感心したようにこっちを見つめているのだ。 「俺、なんかへんな事言ったか?」 「いや・・・。たしかに男にとっちゃ女の恥なんかどうでもいいよな。おめぇの言う通り、最後まで勝手な女だ」 「嘘つけ。思ってもいねぇくせに。どーせ俺には女心なんてよく分からねえよ」 癖ッ毛を揺らしてプイと逸らした怒った横顔に一瞬くらりとした勇次は、 戸惑いつつも川面に目を戻すほかなかった。 ★ 妄言ノ間「目次」に戻る
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