「Trick or treat!!」 「―――お菓子くれ。くれなきゃ悪戯するぞ・・・」 気の無い日本語で復唱する、深緑色のレギンスの脚もすらりと美しいピーターパンの耳元に、 オールバックのドラキュラが白い美貌を近づける。向こうからやって来る母子連れを見ながら小声で命じた。 「こら。もっと抑揚つけろ、表情筋動かせ!子供が怯えてるだろ」 「・・・だから俺にはムリって言ったっしょ」 大学生の村上秀夫は、アパート近くのこのコンビニでバイトしている。 年々寂れつつある商店街に去年の春オープンした新しい店だ。 もともとあった小さな食品店がついに閉店してしまった跡地を、大手コンビニ会社が買収して建てたものだから、 古くからの地元店主たちで作る商工会の風当たりは最初から強かった。 良くない噂が先に流布していたのだろう。 オープンして半年経っても客の入りが悪く業績が上がらない。 店長が日に日にやる気を失くしてゆく最中、オープニングスタッフとして一番ベテランの秀夫が担う仕事も増える。 新しく入ったバイト生は続かないし、正直知ったこっちゃないとそろそろ自分も辞めてやるつもりでいた。 こんな調子じゃそのうち閉店するに決まってる。 ところがである。本社からのテコ入れでやって来た山田勇次という、 店長と同期で28歳の颯爽とした男に交代したところから、徐々に流れが変わり始める。 人目を惹く堂々とした山田の容姿や張りのある美声そのものが、まずは店のイメージを変えた。 しかしそれだけではない。新しい店長は世情に通じているとみえ、地域社会にさりげなく溶け込むのが上手かった。 寂れた印象を持たれがちな街の風景を逆手に取り、 古き良き昭和の趣き残る人情商店街の中にあることをむしろ強みとして、 コンビニならではの広告効果を使って地元商工会を持ち上げたのだ。 毎日更新するFacebookにも、近所の花屋の店先の写真や中華屋の格安ランチ等の情報、 住民の声などをちりばめる。 そうして自分の店だけでなく商店街全体が集客出来るようマメに働きかけたため、 少しずつだが風当たりは緩やかになっていった。 いまでは店主たちも時おり立ち寄っては、山田店長と気さくに会話してゆくほど。 それでも、こうした商工会主導のイベントには率先して協力し、盛り立て役に徹さねばならない。 そういうわけで、ハロウィンのキャンペーンとして自らドラキュラ伯爵に扮した店長は、 独断と偏見(と自分の好み)で用意した"永遠の少年"のコスプレをさせたバイト生を従え、 商店街を歩き回って子供たちを驚かしてはお菓子を配る(ついでにコンビニのクーポン付きチラシも)行脚を、 地道に行っているのだった。 「ムリじゃない、努力の問題だ。想像力を働かせろよ、秀夫。自分の子供だと思えば出来る」 「彼女もいないのに自分の子供の想像なんて働くわけねーよ」 着任してまずは、秀夫のルックスの良さをみてこれは看板ムスメ?に使えると思っていたのだが、 期待は外れた。どうにもならないのはこの天然の愛想の無さである。一応客には普通に対応しているが、 無表情だし声も意外に低くてどうにも素っ気ない。 ふてぶてしい口の利き方だけは指導できるが、 とびきり可愛い顔して態度はまったくもって可愛げのない、鼻っ柱の強いガキなのだった。 「いいからいう通りにしろ!子どもの目の高さまでしゃがんでホラ!って笑顔でお菓子をあげればいいんだって」 「お菓子くれよって言ってんのはコッチなのにヘンなの・・・」 いつもはろくに返事もしないくせして、こういう減らず口だけは叩くのだ。山田は長いマントの下の尖った靴の先で、 ピーターパンのショートブーツを蹴とばして促した。 やれやれといった風に首を振った秀夫が、子供に近づくと長い脛を折ってしゃがみこんだ。 「Trick or treat.ほーら、お菓子だよ!」 羽根飾りのついた帽子をかぶった頭をちょっと傾げるようにして笑って、パッと後ろ手に隠し持った包みを差し出す。 Jack-o'-Lantern を模したカボチャ型の容器に、お菓子やちょっとしたオモチャも入っている。 手提げにもなっているので持ち運びしやすく中身を出した後にも使えると、 このイベントの為に山田が玩具メーカーから取り寄せて、1から作ったものだ。このカボチャの入れ物を下げて、 これからもコンビニにお菓子を買いに来てもらおうという、一種の販促である。 ゆうべ遅くまでかかって秀夫と二人でひとつひとつ、中身を詰めていったのだ。 「こんなことしてムダじゃないんですか」 深夜シフトのバイト生と交代した後、あくびをわざとのように連発しながら手伝わされている秀夫が、 ぼそりと指摘する。無理もない。山田がいまやっているのは、 一枚ずつ小さなカードにメッセージを手書きしていることだったから。 「うるせぇよ。いいから手、動かせ」 「動かしてるよ」 即座に言い返しながら、ちらと向かいに座る手元を覗き込もうとすると、サッと手で隠される。 「なんで隠すんだよ」 「恥ずかしいだろ、何か!」 「ハ?どーせ貰ったヤツは読むんでしょ、そのために書いてんでしょ。だいいち読むの親だし。先に俺が見たっていいじゃん」 へんなところで恥ずかしがるなよ、と呆れて畳み掛けると、 「だめ。オレが貰う子ひとりひとりに、ちゃんと想いをこめてその子の為だけに贈る言葉なんだから」 (メッセージなんて・・・。ますます変なやつ・・・) 一見してクールに見えた新しい店長は、熱血漢なところもあり、且つ精力的な男だ。 いい加減さと無気力が外に出ていた前店長とは大違い。店のことは君がよく知ってるだろと何かと質問攻めに遭い、 うっとおしいと適当にあしらっていたのに、お構いなしに秀夫を重宝してくる。勝手に秀夫と下の名前で呼ぶようになり、 文句を言っても露骨にイヤな顔をしてもまったくこたえない山田のペースに、いつしか巻き込まれてしまった。 悔しいけど、今はなんだかんだとこんな思いつきにまで手を貸している始末だ。 (ムダにイケメンな上に性格まで良かったら反則だろ。漫画だろ) 色とりどりのペンを使いキラキラシールでデコる、真剣な表情を眺めて秀夫は内心思ったが、 我が道を行く店長はふと顔を上げると、 「そだ。これが終われば、どこか好きな店で奢ってやるぞ!」 と直視に困るような笑みを浮かべて見つめてくる。思わず動悸が跳ね上がった。 「―――どっかって?ふぁ…ファミレス?」 「ははっ。欲がねぇな。可愛いこと言うなよ。ちょっといい雰囲気の居酒屋くらい連れてくよ」 「・・・俺だけ?」 「ああ。みんなには内緒な。―――イヤか?」 秀夫はあらたな菓子の入った段ボールをバリッと開封して、最後の質問は聞こえなかったふりをした。 ―――苦労して作り上げた店長(と秀夫)渾身のそのギフトを、秀夫は今、少年に差し出しているのだった。 未就学児とおぼしきその子は、秀夫が上からジッと見下ろしている間は母親のスカートの陰に隠れて怯えていたが、 にっこりと(営業用)スマイルを見せて白い歯を輝かせると、目を何度かぱちぱちと瞬かせて固まっている。 「いらないの?えっ?ほんとに?・・・じゃあ、おにーさんが貰っちゃうよ〜」 と言ったとたん、パッと手を出してカボチャの蔓を模した持ち手を掴み取った。 「はーい、ありがと!また"綺麗な"お母さんとお買い物に来てね〜〜」 手を振りながらチラッと上目遣いにママを見上げることも忘れない。 不意打ちのことに母親は頬を薔薇色に染めて立ちすくんでいる―――。 (やるじゃねえか) 素敵な白昼夢が見られたかのように足元がふらつき、 何度かちらちらと振り返りながらも子どもに引っ張られて去ってゆく母親に、山田も軽く手を振って甘いスマイルを送った。 「いまの調子だ、秀夫。良かったぞ!」 「やっぱ店長がやった方が良くないですか?あのママ、目からハート飛ばしながら店長に釘付けになってたよ」 「――――・・・」 (こいつ、まさか・・・ほんっっっっとに自覚がないのか???) かったるそうに首を回している整った横顔に呆れてツッコミかけたが、一瞬考え直して止めた。 (さっき、彼女いないとか言ってたな・・・) 身軽に立ち上り、サンタクロースみたいなプレゼントの入った大きな袋をよいしょと肩にかつぎあげたピーターパンを、 意味深な流し目で見た。視線に気づき目が合ったとたん、ちょっとたじろいだ秀夫の顔全体にさあっと赤みが奔る。 「なっ・・・なんだよ!」 「・・・いや。そのコスプレ似合ってんなーと思って」 「っっっ。ジロジロ見んなっ」 天然のアヒル口を尖らせてことさら噛みつくように言うと、フンッと次のターゲットを求めて慌てて歩き出した。 (なーんだ照れやがって。こいつには最後に、オレの特別メッセージ付きお菓子をあげよう―――(* ̄▽ ̄)フフフッ♪) 実は一個だけ事務所に残しておいたのは、この生意気だが近頃たまらなく可愛くなってきたバイト生に渡すものである。 正直に浮かんだ気持ちを書いたメッセージは、一番底の方に入れている。 『秀夫へ。君がいると毎日が楽しい。辞めるなよ!山田より』 かくして、ゆめまち商店街の新たな名物となったコンビニのイケメン店長は、 前をゆくピーターパンの美脚ラインにそれとなく見とれながら、足取りも軽く付いてゆくのだった。 了 (生ぬるい話でお粗末様ですm(__)m いくら「辞めるな」って言っても卒業がありますが…。 ま、そこは山田店長。秀夫が在学中にじわじわ攻略し、卒業後も一緒にいられるようカレピに昇格してるはずです) 分館topに戻る
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